幕間:花束
六月の風は、春より少しだけ湿っていた。
夕方の公園。
ベンチの周りでは、小学生たちが元気に走りまわって鬼ごっこをしている。
最近、この場所に自然と三人集まるようになっていた。
マリア。
ナツメ。
そしてアキラ。
最初はぎこちなかった。
ナツメはアキラを見るたびに微妙に警戒していたし、アキラはそれに気付いていながら知らないふりをしていた。
でも、マリアが二人と会う時間を嫌がらなかったから。
少しずつ、奇妙な均衡ができていった。
「アキラ、それ絶対読み終わってないだろ」
ナツメが文庫本を指差す。
アキラはベンチに寝転がる勢いで笑った。
「ちょっと、なんで分かるの」
「栞がずっと同じ位置」
「観察力こわ!」
「お前が分かりやすいんだよ」
「もう名探偵じゃん」
そんな軽口を聞きながら、マリアは缶のカフェオレを両手で包んでいた。
以前より少しだけ、表情が柔らかい。
笑う回数も増えた。
急に元気になったわけじゃない。
眠れない日は相変わらずあるし、死にたい気持ちが消えたわけでもない。
それでも。
ただ誰かと座って話す時間が、前より苦痛じゃなくなっていた。
「……結婚のお祝いって、何贈ればいいんだろ」
ふいにマリアが呟いた。
ナツメの動きが止まる。
「……は?」
空気が一瞬固まった。
マリアはきょとんとする。
ナツメの脳内では、ありえない速度で思考が暴走していた。
(結婚!?)
(誰が!?)
(マリア!?)
(は!?聞いてないんだけど!?)
顔が引きつる。
缶コーヒーを握る手に無駄に力が入る。
その隣で、アキラだけが冷静だった。
「誰が結婚したの?」
「あ、弟がね」
マリアが答える。
「スバルが結婚したって連絡くれて」
「……えっ」
ナツメが固まる。
数秒遅れて、自分の勘違いに気付いた。
耳まで一気に熱くなる。
「…………」
何事もなかったふりをして、座り直す。
アキラが吹き出した。
「ナツメ今、絶対変な勘違いしたでしょ」
「してねえ」
「してた顔だったけど?」
「うるせえ」
赤くなったままナツメが睨む。
マリアは少し遅れて状況を理解したらしく、小さく笑った。
本当に小さい笑い声だった。
でもナツメは、その音にとても弱かった。
「で、結婚祝いだっけ?」
アキラが話を戻す。
「うん……何贈ればいいのか、分かんなくて」
「家電とか?」
「重くない?」
「確かに」
ナツメも腕を組む。
「相手の趣味分かんないなら、消える物のほうが楽じゃね」
「消える物?」
「食べ物とか花とか」
「あー、花束は無難かも」
アキラがうなずく。
「部屋に置けるしね」
マリアは少し考え込んだあと、困ったように眉を下げた。
「……でも私、一人で選べない」
その言葉に、ナツメが即座に反応する。
「じゃあ私が一緒に選んでやるよ!」
妙に勢いよく言った。
マリアがゆっくり瞬きをする。
「いいの?」
「別にそれくらい普通だろ」
「良かったね、デートじゃん」
アキラがにやにやしながら、ナツメにだけ聞こえるような小声で言う。
ナツメがむせた。
「は!?そんなんじゃねえし!」
「反応が高校生すぎ、思春期なの?」
「うるせえ!」
マリアがまた笑う。
今度はさっきより少しだけ、長く。
青々とした公園の木々が風で揺れる。
遠くで犬が吠えて、驚いた子どもが転んで泣いて、母親が慌てて駆け寄る。
どこにでもある夕方だった。
でもマリアにとっては、少し前まで想像できなかった時間だった。
未来の予定を口にするだけで、少しだけ胸が落ち着かなかった。
「……花、どんなのがいいかな」
マリアが呟く。
ナツメは少し考えてから答えた。
「明るいやつがいいんじゃね」
「雑すぎる」
「でもお前、暗い色選びそうだし」
「……否定できない」
アキラが笑う。
「じゃあ私もついて行こうかなあ」
「人数増えてんじゃん」
「楽しいほうがいいでしょ」
ナツメは文句を言いながらも、どこか嬉しそうだった。
マリアは賑やかな二人を見ながら、静かにカフェオレを口にした。




