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三十八歳、触れないまま恋をする〜重すぎる愛と、静かな恋の間で~  作者: ail38


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幕間:花束

六月の風は、春より少しだけ湿っていた。


夕方の公園。

ベンチの周りでは、小学生たちが元気に走りまわって鬼ごっこをしている。


最近、この場所に自然と三人集まるようになっていた。

マリア。

ナツメ。

そしてアキラ。


最初はぎこちなかった。

ナツメはアキラを見るたびに微妙に警戒していたし、アキラはそれに気付いていながら知らないふりをしていた。


でも、マリアが二人と会う時間を嫌がらなかったから。

少しずつ、奇妙な均衡ができていった。


「アキラ、それ絶対読み終わってないだろ」


ナツメが文庫本を指差す。

アキラはベンチに寝転がる勢いで笑った。


「ちょっと、なんで分かるの」


「栞がずっと同じ位置」


「観察力こわ!」


「お前が分かりやすいんだよ」


「もう名探偵じゃん」


そんな軽口を聞きながら、マリアは缶のカフェオレを両手で包んでいた。


以前より少しだけ、表情が柔らかい。

笑う回数も増えた。


急に元気になったわけじゃない。

眠れない日は相変わらずあるし、死にたい気持ちが消えたわけでもない。


それでも。

ただ誰かと座って話す時間が、前より苦痛じゃなくなっていた。


「……結婚のお祝いって、何贈ればいいんだろ」


ふいにマリアが呟いた。

ナツメの動きが止まる。


「……は?」


空気が一瞬固まった。

マリアはきょとんとする。


ナツメの脳内では、ありえない速度で思考が暴走していた。


(結婚!?)


(誰が!?)


(マリア!?)


(は!?聞いてないんだけど!?)


顔が引きつる。

缶コーヒーを握る手に無駄に力が入る。


その隣で、アキラだけが冷静だった。


「誰が結婚したの?」


「あ、弟がね」


マリアが答える。


「スバルが結婚したって連絡くれて」


「……えっ」


ナツメが固まる。


数秒遅れて、自分の勘違いに気付いた。

耳まで一気に熱くなる。


「…………」


何事もなかったふりをして、座り直す。


アキラが吹き出した。


「ナツメ今、絶対変な勘違いしたでしょ」


「してねえ」


「してた顔だったけど?」


「うるせえ」


赤くなったままナツメが睨む。

マリアは少し遅れて状況を理解したらしく、小さく笑った。

本当に小さい笑い声だった。

でもナツメは、その音にとても弱かった。


「で、結婚祝いだっけ?」


アキラが話を戻す。


「うん……何贈ればいいのか、分かんなくて」


「家電とか?」


「重くない?」


「確かに」


ナツメも腕を組む。


「相手の趣味分かんないなら、消える物のほうが楽じゃね」


「消える物?」


「食べ物とか花とか」


「あー、花束は無難かも」


アキラがうなずく。


「部屋に置けるしね」


マリアは少し考え込んだあと、困ったように眉を下げた。


「……でも私、一人で選べない」


その言葉に、ナツメが即座に反応する。


「じゃあ私が一緒に選んでやるよ!」


妙に勢いよく言った。


マリアがゆっくり瞬きをする。


「いいの?」


「別にそれくらい普通だろ」


「良かったね、デートじゃん」


アキラがにやにやしながら、ナツメにだけ聞こえるような小声で言う。


ナツメがむせた。


「は!?そんなんじゃねえし!」


「反応が高校生すぎ、思春期なの?」


「うるせえ!」


マリアがまた笑う。

今度はさっきより少しだけ、長く。


青々とした公園の木々が風で揺れる。

遠くで犬が吠えて、驚いた子どもが転んで泣いて、母親が慌てて駆け寄る。

どこにでもある夕方だった。


でもマリアにとっては、少し前まで想像できなかった時間だった。

未来の予定を口にするだけで、少しだけ胸が落ち着かなかった。


「……花、どんなのがいいかな」


マリアが呟く。


ナツメは少し考えてから答えた。


「明るいやつがいいんじゃね」


「雑すぎる」


「でもお前、暗い色選びそうだし」


「……否定できない」


アキラが笑う。


「じゃあ私もついて行こうかなあ」


「人数増えてんじゃん」


「楽しいほうがいいでしょ」


ナツメは文句を言いながらも、どこか嬉しそうだった。


マリアは賑やかな二人を見ながら、静かにカフェオレを口にした。

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