アキラルート:眠れないあなたの隣で2
真ん中に座ると、どちらの肩にも少しだけ気を遣う。
マリアは最近、それが分かるようになっていた。
隣にナツメ。
反対側にアキラ。
風が吹くたび、缶コーヒーの温度だけ確かめるみたいに指が動く。
「今日、調子どう?」
アキラの声は以前より慎重だった。
マリアは一瞬、返事を探すように視線を落とす。
「……普通」
そう言ったあと、マリアは缶を一度も開けなかった。
マリアの缶は、まだ温かいままだった。
「なんか甘い物食べたい顔してるね」
「どんな顔だよ」
「ちゃんと食べないと、スイーツお化けがやってくる」
「何言ってんだ?」
「いや、なんか元気が出るジョーク言えないかなって」
「意味不明すぎる、やり直し」
「うん、私センスないわ。お願い、忘れて!」
会話が止まると、公園の木が揺れる音だけが残った。
その沈黙を、最近は誰も急いで埋めなくなっていた。
「アキラって、昔そんな冗談言うタイプだったっけ」
「年取るとね、愛想も覚えるんだよ……」
「お、おう」
「……そうだったんだ」
そんなある日、アキラがぽつりと言った。
「マリアってさ」
「うん」
「……無理して笑ってない?」
その言葉に、缶コーヒーを開けようとしたマリアの指が止まる。
ナツメの手元で、缶が強く握られる。
「……無理なんて、してない、よ?」
マリアは笑おうとした。
でも、うまくできなかった。
胸の奥が、じわりと重くなる。
次の瞬間だった。
突然、マリアの呼吸が浅くなる。
「あ……」
「く、苦しい……」
言葉が途切れる。
ナツメが立ち上がるより早く、アキラが動いた。
「大丈夫」
「ゆっくり息して」
マリアは首を振る。
「つらい、苦しい……」
「うん、いたいのいたいの飛んでけ、とか言ったら怒る?」
ナツメは拳を握って、立ち尽くしたまま。
少し落ち着いたあと、マリアは疲れたようにベンチに沈んだ。
「……ごめん」
「謝らなくていい」
ナツメが低い声で言う。
「その、謝る癖やめろ」
「あとアキラ、なんださっきの。小学生か!」
「先生、ナツメちゃんがいじめますう〜」
「ちゃんと聞けよ!」
マリアは少しだけ笑った。
その笑いは、以前よりずっと小さい。
ナツメは視線を逸らしたまま、缶を持ち直した。
けれど会う人数が増えると、マリアの負担も増える。
また別の日。
ベンチに着いた瞬間、マリアの顔色が変わった。
「……今日は」
声が震える。
「いつもより、しんどい、かも」
アキラとナツメが目を合わせる。
「じゃあ、帰るか?」
ナツメが言う。
マリアは首を横に振る。
「帰っても……何もできない」
その言葉で、三人とも黙る。
「映画、何見た?」
「……覚えてない」
マリアは言ったあと、小さく眉を寄せた。
思い出そうとしているのに、何も出てこない。
呼吸が少し浅くなる。
その日の夜のことだった。
マリアは途中で立ち上がれなくなった。
「いたい、いたい、苦しい……」
アキラが必死に背中をさすりながら言う。
「どこも怪我してないよ、大丈夫、大丈夫だから」
ナツメは横で、ただ手を伸ばす先を失っていた。
後日。
ナツメは一人で公園にいると、アキラがやって来る。
「ちょっと、話したいことがあるんだけど」
アキラは少し疲れた顔だった。
「マリアのことだけどさ」
ナツメの背中が固まる。
「……何」
「正直、私の前でかなり無理してるよね」
ナツメは短く笑う。
「今さらだろ」
アキラは否定しない。
「でも私、マリアをあのまま一人にしたくない」
「ほっとけないんだよ」
沈黙。
ナツメは視線を落とす。
アキラは構わず続ける。
「ナツメもそうでしょ?」
ナツメは返事の前に、缶を握り直した。
「……当たり前だろ」
ナツメは低く言う。
「あいつのこと、守りたいんだ」
アキラは少しだけ目を細めた。
「しばらくは、三人でいた方がいい気がする」
「その方がマリアも楽そうだし」
約束の三回に一回は、マリアが来られなかった。
それでも、マリアは一人には戻れなかった。
ある日。
ベンチで、マリアがぽつりと言った。
「前より……話せるようになった」
ナツメが横を見る。
アキラが笑う。
「うん」
マリアは続ける。
「でも、疲れる」
正直な言葉だった。
アキラは頷いた。
「そっかあ」
ナツメは何も言えなかった。
それでも、マリアは続けた。
「でも……昔よりは、いい」
その瞬間、ナツメは改めて思う。
今日も帰らなかった。
それだけでよかった。
夕暮れのベンチに、三人が座っている。
伸びた三人分の影が地面に落ちて、不器用に動いていた。




