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三十八歳、触れないまま恋をする〜重すぎる愛と、静かな恋の間で~  作者: ail38


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今さら、あなたと12

夜の公園は静かだった。

噴水は止まっていて、人影は少ない。


近くのベンチには、会社帰りの女性が誰かを待っている様子で座っていた。


ナツメも一人でベンチに座り、缶コーヒーを弄んでいた。

今日は病院の日じゃないから、マリアは来ない。


それでも、最近はたまに連絡が来るようになった。


『眠れない』


『夜コンビニに行けた』


『少し話したい』


それだけの短いメッセージ。


ナツメはそのたびに仕事帰りの足でここへ来た。

昔のマリアなら、「会いたい」なんて絶対言わなかった。

だから少しだけ、口角が上がるのを抑えられなかった。


そのとき。


「ナツメさん」


聞き覚えのある声がした。


ナツメは振り返るなり、あからさまに眉を寄せた。


「またお前か」


ユリカだった。

ユリカはナツメの隣には座らず、正面に立った。


「マリアは?」


「今日は来ねぇよ」


「そうですか」


どこか安心したような顔。

ナツメはため息をつく。


「で、今日は何」


ユリカは少し黙ったあと、ふいに言った。


「私は、マリアと一緒の布団で寝たことがあります」


「……は?」


「お昼寝ですけど」


ナツメの眉がぴくりと動く。

ユリカは真顔だった。


「あと裸も見たことあります」


「はぁ!?」


「お風呂上がりに倒れそうになってたから介抱しただけです」


「言い方ってもんがあんだろ……!」


ユリカはじっとナツメを見る。

少しだけ勝ち誇ったような顔だった。

なのに、目だけが少し潤んでいた。


「手料理もたくさん食べました」


「……」


「マリア、料理上手なんです。体調悪いのに頑張って作ってくれて」


ナツメは少し黙る。

マリアの手料理なんて、想像したこともなかった。


ユリカはわざとらしく続ける。


「卵焼き甘いやつでした。あと、ハンバーグがすごく美味しくて」


「……お前、それ私に言ってどうしたいの」


「……それは、」


ユリカは言葉に詰まった。

けれどすぐに睨み返す。


「私はずっとマリアの隣にいたのに」


「あなたは最近会っただけなのに」


「なんで今は、あなたの方が近いんですか」


ユリカの声は震えていた。


「私は、離れるって決めたのに……」


ユリカは続ける。


「マリアのために我慢しようって決めたのに、あなたといるマリアを見たら嫌だった」


「……」


「マリアが、笑ってたから」


ナツメは視線を落とした。


最近のマリアは、たしかに少し変わった。


死にたいと言いながら、以前より長く話す。

ちゃんと返事をする。

隣にいても、逃げようとしない。


「私」


ユリカがぽつりと言う。


「マリアがあなたを選ぶなら、諦めるべきなのかなって考えました」


風が吹く。

長い黒髪が、闇に溶けるように揺れる。


「でも、無理でした」


「諦められない」


ナツメはしばらく黙っていた。

それから頭を掻く。


「……別に選ばれてねぇよ」


「え?」


「マリア、誰のことも選べる状態じゃねぇだろ」


その言葉に、ユリカは静かになる。

ナツメは苦く笑った。


「今のマリア、誰か選ぶ余裕ねぇだろ」


ユリカは噛みしめるように俯いた。

長い髪のせいで、表情が見えなくなる。


「分かってます」


「だったら張り合う相手、間違えてる」


「でもあなた、マリアを好きなんでしょう」


ナツメは少し黙った。

否定できなかった。


学校にいればマリアを、ずっと目で追っていた。

気づけば、それが当たり前になっていた。

壊れていくマリアを見て、それでも好きだった。

助けられなかった自分ごと、ずっと引きずってきた。


「……まあ、好きだけど」


ナツメは視線を逸らした。

ナツメが認めると、俯いたユリカの頭が下がる。


「でもさ」


ユリカのつむじを見ながら、ナツメはベンチにもたれた。


「お前だってマリアに好かれてるんじゃねぇの」


「……」


「じゃなきゃ、自分もしんどいのに、中学生まで育てたりしねぇだろ」


ついにユリカは膝を抱えてうずくまる。


マリアはうつ病だった。

眠れなくて、食べられなくて、死にたがっていた。

それでもユリカにご飯を作り、学校へ行かせ、勉強を教えてくれた。


「あいつ、無理してでも飯作るタイプだろ」


ナツメは小さく笑う。

ユリカは沈黙したままだった。


髪が地面に届きそうだなと、ナツメはどうでもいいことを考えた。


その沈黙を破るように、スマホが震える。

ナツメは画面を見る。

マリアからだった。


『今日少しだけ会える?』


ユリカも音に気づいて、顔を上げていた。


「……もしかして、マリアですか」


「そうだけど」


少しだけ寂しそうに笑う。


「……行ってあげてください」


ナツメはすぐに立ち上がる。


「なあ、ユリカ」


「はい」


「マウント取るならもっと可愛くやれ」


「は?」


「裸見たとか怖ぇんだよ」


ユリカは一瞬ぽかんとして、それから悔しそうに顔をしかめた。


ナツメは少し笑う。


「お前も分かってると思うけど」


「マリア、押されると逃げるからな」


ユリカは返す言葉を持たない。


ナツメは返信を打ちながら、公園の出口へ向かった。

※ここからアキラルートへ分岐します。

ナツメルートとは異なる未来になります。

なお、ユリカルートはもう少し後の時系列を想定しています。

「今さら、あなたと」はナツメルート本編ですので、ご留意ください。

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