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三十八歳、触れないまま恋をする〜重すぎる愛と、静かな恋の間で~  作者: ail38


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今さら、あなたと11

「……ユリカ?」


「私、あの、帰るね!」


ユリカは返事も待たず、そのまま駆け出した。


「おい!」


ナツメが呼び止めるより早かった。


ユリカの足音だけが遠ざかっていく。


マリアは小さく肩を落として、ベンチへ座り込んだ。

ナツメは缶コーヒーを差し出した。


「飲む?」


「ありがと」


マリアは缶を両手で持ったまま、すぐには飲まなかった。


しばらく二人とも何も喋らなかった。

やがてマリアが口を開く。


「ユリカ、私と結婚したいらしいけど……無理なんだ」


ナツメは目を瞬いた。


「……そうか」


「家族としては大切。でも、それ以上は返せない」


ナツメは返事をしなかった。

途中で、マリアの声が少しかすれる。


「私さ」


缶を見つめたまま続ける。


「もう誰も必要ないって言って、ユリカを遠ざけたのに」


街灯の光が長い睫毛に落ちる。


「最近、ナツメに甘えすぎてた」


ナツメは思わず眉をひそめた。


「反省しなきゃ」


心外だというように、ナツメは乱暴に頭を掻く。


「……なんで反省すんだよ」


マリアが少し目を丸くする。


「え」


「甘えたっていいだろ、別に」


「でも、依存になる」


「……今は違うだろ」


ナツメは少し間を置いて、缶コーヒーを見たまま言う。


「……甘えられるうちは、甘えとけよ」


マリアは缶を持ったまま、しばらく何も言わなかった。

その熱が、少しだけ怖かった。


マリアは困ったように笑う。


「ナツメは優しいね」


「優しくねぇ」


ナツメは低く吐き捨てる。


「私さ、」


珍しく視線を逸らしながら続ける。


「……別にさ」


「病院帰りに話すくらい、そんな大げさなことじゃねぇだろ」


マリアの呼吸が止まる。


「コンビニ行けたとか、パン半分食えたとか」


ナツメはぶっきらぼうに言う。


「そういうの、聞ける方が安心する」


何か思い出したように、ナツメは街灯を睨む。


「あの頃のお前、いつも美術室か図書室ばっかいたし」


「声かけても、あんまり返事しなかった」


ナツメは少し黙った。


「今度は逃げたくないだけ」


マリアは俯いた。

長い沈黙の後、小さく言う。


「……迷惑じゃない?」


ナツメは笑った。

少しだけ泣きそうな顔で。


「迷惑なら毎回来ねぇよ」


マリアの目から涙が落ちた。


ナツメは何も言わなかった。

慰めもしない。

ただ隣に座っていた。


マリアは泣きながら呟く。


「……最近、アキラのことばかり考えてた」


「うん」


「会ったら、死ぬつもりだった」


ナツメは返事をしなかった。

缶コーヒーの縁を、親指で何度もなぞる。


「でも、アキラも仕事のことで苦しんでて」


マリアは目元を拭うが、頬を流れる涙は止まらない。


「ナツメもいてくれるし、」


街灯の光が滲んで見える。


「分かんなくなった」


マリアは俯いたまま、しばらく何も言えなかった。


ナツメは静かに息を吐いた。


「じゃあさ」


落ち着いた、低い声がする。


「分かんなくなったままでいいじゃん」


マリアが涙で濡れた顔を上げる。


「来月もここに来いよ」


空には月が雲に隠れていた。

街灯の光だけが、ベンチに座る二人を照らす。


マリアの口元が、ほんの少しだけ緩む。


「……うん」


ベンチの横を、冷たい風が通り過ぎていく。

マリアは涙を流し続けながら、それでも帰るとは言わなかった。

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