今さら、あなたと1
ナツメルート開始です。
ナツメは、何年も同じ夢を見続けていた。
夕焼けの教室で、マリアは窓際の席にいた。
机に頬杖をついて、開いたままの文庫本を読んでいる。
ページはしばらく動かない。
読んでいるのか、ただ視線を落としているだけなのか、ナツメには分からなかった。
「消えてしまいたい」
あのとき、彼女は確かにそう言った。
ナツメは何も言えなかった。
何を言えばいいのか分からなかったし、何を言っても届かない気がした。
卒業が近づくにつれて、ナツメは少しずつ距離を置いた。
隣にいるほど、息が詰まった。
自分まで沈んでいくような感覚が怖かった。
だから逃げた。
今なら、そう言える。
SNSで名前を検索したことがある。
同じ名前のアカウントはいくつも出てきた。
猫の写真。
子どもの運動会。
旅行先の海。
その中のどれかに、もう別人みたいなマリアがいるのかもしれないと思った。
そう考えると、少しだけ安心できた。
きっとあの頃の影なんて、全部置いていったのだと。
そうであってほしいと願いながら、同時に、まだどこかで彼女を想い続けていた。
再会は、あまりにも唐突だった。
それから、何度か会うようになった。
ナツメは、仕事帰りに公園へ寄るようになった。
マリアは病院に行く日だけ、同じベンチにいた。
話しかける日もあるし、隣に座るだけの日もある。
会話らしい会話は、ほとんど続かなかった。
「もう、誰も必要ないの」
ある日、彼女はそう言った。
ナツメは言葉に詰まる。
春なのに、指先だけが妙に冷えていた。
あの頃と同じだ、と気づく。
いや、違う。
あの頃より、もっと深く閉じてしまっている。
「私、そばにいたい」
気づけば言葉がこぼれていた。
「今度こそ、ちゃんと守るから」
「あの時みたいに、見てるだけじゃなくて」
それは遅すぎる決意で、自己満足だと分かっていた。
それでも、言わずにはいられなかった。
マリアは少しだけ首を傾げた。
「守るって、何から?」
その問いに、ナツメは答えられなかった。
世界からなのか。
過去からなのか。
それとも――自分からなのか。
ナツメには分からなかった。
どれも違う気がしたし、どれも正しい気もした。
沈黙が落ちる。
やがてマリアは視線を外し、それ以上の言葉を待つことなく立ち上がった。
「ごめんね」
それは謝罪なのか、拒絶なのか、それともただの習慣なのか分からなかった。
ナツメの声は、その背中に届かなかった。
理解していた。
あの日、教室で声をかけていたら。
卒業の日に、ちゃんと連絡先を聞いていたら。
そんな「もし」を、ナツメはもう二十年近く繰り返している。
それでも、ナツメは思ってしまう。
あの夕焼けの教室で、もしもう一度やり直せるなら。
今度は、逃げずに隣にいられるのに、と。
マリアは振り返らない。
栗色の髪が揺れる背中が、夕方の人混みに少しずつ紛れていく。
ナツメは数歩遅れて歩き出す。
呼び止める理由を、まだ見つけられないまま。
それでも、足だけは止まらなかった。




