過去編:彼女は特別だった14、ハルミ視点
カナタ先輩たち三年生が卒業して、二年生になった。
それから教室の空気は、少しずつ変わっていった。
誰かが何かをしたわけじゃない。
ただ、会話の輪の中に自然と入れなくなる瞬間が増えただけ。
(まあ、いいけど)
ハルミは気にしないふりをした。
本当に気にしていないのかどうかは、自分でもよくわからない。
でも、一つだけはっきりしている。
(マリアがいればいいし)
それだけで、全部成立するはずだった。
「……ハルミ」
放課後の廊下。
呼び止められて振り返ると、マリアが立っていた。
久しぶりに、向こうから声をかけてきた。
「なに?」
逸る気持ちを抑えて、できるだけ普通に返す。
マリアは少しだけ言葉を探すように黙った。
それから、
「……苦しいから」
一度そこで言葉が途切れる。
「もう近付かないでほしい」
消えそうな声で、それでも確かにそう言った。
ハルミは一瞬、何も言えなかった。
「……それ、本気?」
出てきたのは、それだけだった。
マリアはそれ以上何も言わず、軽く頭を下げて、そのまま離れていく。
背中が遠ざかる。
(ああ)
やっと理解する。
(ちゃんと、言ってくれたんだ)
普通なら、ここで終わりだ。
関係は切れる。
それぞれ別の場所に行く。
でも――
(違う)
ハルミは、その場で静かに立ち尽くしながら思う。
(これは、そういうやつじゃない)
むしろ逆だと、思った。
マリアはずっと言えなかった。
優しいから、曖昧にしてきた。
でも今回は、ちゃんと口にした。
「苦しい」って。
(それってさ)
胸の奥で、言葉が形になる。
(それだけ私のことが、特別ってことでしょ!)
わざわざ言うってことは、まだ終わってないってことだ。
そう考えると、すべてが自然につながる。
あの時目を逸らしたのも、困ってただけなんだ。
(やっぱり)
(ちゃんと届いてたんだ)
そう結論づけると、心が少しだけ落ち着く。
胸の奥の不安が、ゆっくりと形を失っていく。
むしろ安心する。
それからハルミは、静かになった。
周囲から見れば、関係は終わったように見える。
実際、誰も二人を一緒に語らなくなった。
それでもハルミの中では、何も終わっていない。
(今はまだ、その時じゃないだけ)
そう思っている。
マリアは少し不安定だ。
人と関わるのが苦手で、距離の取り方も極端。
だから、一度離れたくなっただけ。
(でも、必ず戻ってくるはず)
根拠はないが、そう信じていたかった。
美術室の隅で、ハルミは一人でキャンバスに向かう。
筆は動いているけれど、意識は別のところにある。
視線の先には、少し離れた場所で絵を描くマリア。
同じ空間にいる。
同じ時間を共有している。
(だから、大丈夫)
今はまだ、近づかないだけ。
いずれ、タイミングが来る。
マリアの方から、きっと。
「やっぱりハルミが必要なの」って。
気づけば、マリアにそう言われる場面を何度も想像していた。
(だって、好きなのはお互い様のはずだし)
そこに疑問はない。
少なくとも、ハルミの中では。
窓の外では、夕焼けが終わり空は暗くなっている。
もう部活の時間は終わっているのに、ハルミだけが気づかず教室に残っていた。




