過去編:彼女は特別だった13
呼び出されたのは、放課後の美術室だった。
人の気配がほとんど消えた空間。
窓の外は、少し暗くなり始めていた。
「来たか」
カナタ先輩は、いつも通りの調子で振り返った。
「ハルミは?」
「……来てません」
少しだけ間を置いて答える。
「そ。今日は来なくていいって言っといた」
冗談みたいに言うが、その言葉はどこか本気だった。
「お手数おかけしました……」
カナタは申し訳なさそうな顔のマリアを見て、それから視線を逸らした。
「この前の美術館さ」
唐突に話が切り出される。
「……はい」
「いたよね、マリアのこと見てたやつ」
心臓が、一瞬だけ強く鳴った。
「柱の陰。隠れてるつもりだったんだろうけど、普通に気づく」
カナタは少しおかしそうに苦笑する。
(やっぱり……)
見間違いじゃなかった。
名前を呼ぶことも、振り向くこともできなかった存在。
「別の高校の友達?」
軽く聞く声。
マリアは少しだけ視線を落とす。
頭の中に浮かぶのは、中学の教室。
美術部の静かな時間。
隣で絵を描いていた横顔。
(……遠ざけたのは、私だ)
それでも――
(来てくれたんだ)
あの場所に。
わざわざ、自分の絵を見に。
「……はい」
少しだけ考えてから答える。
「友達です」
その言葉は、思ったよりも自然に出た。
カナタは「ふーん」とだけ言って、それ以上は追及しなかった。
「いいじゃん。わざわざ来るくらいだし、ちゃんと繋がってるんでしょ」
(繋がってる……?)
その言葉が、うまく飲み込めない。
中学を卒業してから、一度も連絡を取っていない。
会ってもいない。
それでも――
中学の頃ナツメは、いつも隣にいた。
でも、近いのか遠いのか、最後までよく分からなかった。
それなのに。
離れてから、時間が経って、思い出すときに残っているのは――
描けなくて黙っていても、急かさなかったナツメの姿。
不思議と、その記憶だけは色褪せていなかった。
胸の奥が、少しだけ疼く。
こんなふうに思う資格があるのかもわからないのに。
それでもあの日ナツメは、何も言わずに美術館に来て、何も言わずに帰った。
「なになに、その顔」
カナタの声で、現実に引き戻される。
「……何でもないです」
うまく説明できないから、そう答えるしかない。
カナタは少しだけ笑った。
「まあいいけどさ。そういうの、大事にしときなよ」
美術室の静けさの中で、マリアは小さく息を吐いた。
(友達……)
口にした言葉を、もう一度心の中でなぞる。
中学の美術室で、いつも隣にいた気配を思い出す。
それは不思議と、苦しくなかった。




