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三十八歳、触れないまま恋をする〜重すぎる愛と、静かな恋の間で~  作者: ail38


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過去編:彼女は特別だった8

中学三年の春は、いつもより静かで、少しだけ冷たかった。

マリアは教室の窓際の席で、外を眺めるふりをしながら、何も見ていなかった。


幼い頃から胸の奥にある違和感は、名前を持たないまま成長していた。


「このまま消えてしまえたらいいのに」


そんな考えが、息をするように日常に紛れ込む。


眠れない夜が続き、朝はただ体を引きずるだけ。

うつ病という言葉を知る前から、マリアの世界はずっと重たかった。


三年生になったマリアは、放課後の図書室で本を読んでいた。

アキラが好きだと言っていた本を選ぶ。

本を読んでいる間は、誰も無理に話しかけてこないから気が楽だった。


下校を知らせるチャイムを聞いて、美術部に行こうと立ち上がる。

だが受験が近づいて、三年生はもう部活動は自由参加の時期になっていた。


足を向けようとして、アキラがいないことを思い出す。


下校も考えたが、ふとナツメの存在が浮かぶ。

まだ一年生の頃のナツメは、今より少しだけ髪が長かった。


「お前、また一人で描いてんの?まあいいけどさ」


ナツメはよくマリアの隣に座った。

異性から妙に注目されてしまうマリアを、さりげなく守るようなところもあった。


それが友情だと、マリアは思っていた。

それ以上のものを考える余裕が、彼女にはなかった。


なんとなく懐かしくなって、足は自然と美術室に向かっていた。


アキラがいなくなってから、美術室は少し広くなった気がした。

誰も座らなくなった隣の席。

画材棚の不自然な空白。

そこに目が向くたびに、胸の奥がざわつく。


それからだった。


「ねえ、マリア」


「おーい、聞こえてる?」


「あ、ごめん。ちょっとぼうっとしてた」


声をかけられても反応が遅れる。

女友達の視線にすら怯えたような顔をする。


「マリア、大丈夫か?」


「……別に」


ナツメの存在すら、重たくなる。

短い言葉の裏で、すべてを拒絶していく。


その後、普通でいなければならないと思っていたマリアは、勉強にすべてを注いだ。

優秀だった成績は更に上がり、偏差値の高い高校に合格する。


それでも心の中には、達成感ではなく空白だけが残った。


卒業間近の教室で、ナツメは最後に言った。


「お前さ、ほんとはずっと……いや、いい」


ナツメはそこで言葉を切った。


マリアには、その続きを想像することもできなかった。

ただ窓の外を見て、春の光がやけに白く見えた。


別れはあまりにも静かだった。

ただ、そこにいたはずの誰かが、少しずついなくなっていっただけ。


それでも確かに、あの三年間には「一緒にいた」という事実だけが存在した。


誰もいない美術室。

描きかけのまま残されたキャンバスだけが、静かにそこにあった。

完成することのなかった色の続きは、もう誰も知らない。


あの日、言葉にならなかった想いもまた、そこに置き去りのままだった。

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