プロローグ:重すぎる愛10
使われなくなった引き出しの奥から、古い箱が出てきた。
中身を思い出せない物ばかりが入っている箱だった。
おしゃれな模様が描かれた、古いお菓子の空き箱。
開けるつもりはなかったのに、指が勝手に動いた。
古い紙の匂いがした。
少しだけ色あせた折り紙の山。
その中に、小さな輪が二つ。
「……あ」
指輪だった。
折り紙で作った、子ども向けの簡単なもの。
角が少し潰れていて、形も綺麗とは言えない。
忘れ去られていても、残っていた物が存在を主張する。
(これ……)
指先で潰れた角をなぞる。
そうした瞬間、忘れていたはずの声が蘇った。
「見て!」
小さな手が差し出される。
まだ幼いユリカ。
目を輝かせて、無邪気に笑っている。
「指輪!」
「……うん」
児童向けのテレビ番組のリズミカルな音楽が、呑気に流れていた。
「マリアとおそろい!」
「……そうだね」
あのときは、ただの気まぐれだった。
部屋にあった折り紙で、なんとなく作っただけ。
特別な意味なんて、なかったはずなのに。
「つけていい?」
「……いいよ」
そう言った瞬間。
ユリカは本当に嬉しそうに笑った。
「すごい……」
まるで宝物みたいに見つめる。
「マリアの指にも、つけてあげるね」
「いいけど……」
ユリカはマリアの手を取って、左手の薬指に折り紙の指輪をはめる。
指輪をはめ終えると、ユリカは満足そうに頷いた。
マリアはそんなユリカのつむじを、なんとなく眺めていた。
テレビ番組は、まだ賑やかに体操する子どもたちを映している。
「これ、一生大事にするね!」
チャンネルを変える方に意識が向いて、その言葉をマリアは軽く受け流した。
単なる子どもの約束だと思っていた。
すぐに忘れるものだと。
でも、ユリカはまだ折り紙の指輪を持っていた。
「そういえば、あの頃のユリカ、折り紙にハマってたっけ」
どうでもいいことまで思い出して、苦く笑う。
「……やだな」
頬を伝う涙が止まらない。
胸の奥を掻き回されるようだった。
「今さら、思い出したくなかった……!」
急に怒りにも似た気持ちが湧き上がる。
(もう二度と、戻れないのに)
ただ一緒にいて、ただ笑っていて、それだけでよかった時間には。
今はもう、ユリカはあのときの目をしていない。
涙を拭おうとして、喉の奥がひりつく。
「……喉、かわいた」
水を探すけれど、布団のそばには空のペットボトルだけが散らばっていた。
「ないか……」
部屋は静かだった。
それでもいつもの気配は、逃げられない距離に存在していた。
「……ごめん」
紙の指輪なんて、さっさと捨てればよかった。
なのに捨てられなかった。
大事にすると言ってくれたから。
その後は――もう、自分でもよくわからない。
(本当に、なんで今さら)
(思い出したって、戻れないのに)
ただの、家族のままでいたかった。
「……できない」
拒絶したい。
けれど、優しい思い出が多すぎた。
小さな笑顔、嬉しそうな声。
あの指輪を見つめていた目。
それが、今のユリカと繋がっている。
「はやく、捨てればいいのに……」
鼻水をすすりながら、指輪を握る。
(どうすれば、よかったんだろう)
答えは出ない。
マリアはその場に座り込む。
小さな紙の指輪だけが、まだ手の中に残っている。




