あたらしい当たり前
家に帰って来た礼と居月。
礼は、そういえば風呂はどうしようと、ふと思った。
これまでは普通にモコとして一緒の湯船に入っていたが、もう居月は見た目それなりの少年だ。
まぁ、別にいいと言えばいいのだが。
自分より一回りも見た目の年齢の違う少年に変な気を起こすわけもない。
「居月、お風呂どうする?」
「いっしょがいい」
「はーい」
そういう訳で一緒に入る。
居月が洗ってというので、シャンプーをしてやり、代わりに背中を洗ってもらう。
いつも背中は届かないので、礼はその便利さに少し感動した。
「は~…いい湯だな」
「うん。良い湯だね」
二人で同じ湯船につかる。
どちらともなく、ほっとした息がこぼれて、くつろぐ。
「ねぇ礼。僕、モコの時もこうやってたよね」
「お?覚えてるんだ?」
「少し。なんか、ほこほこしていい気持ちだった」
「それはよかった」
居月は、少しだけ上の方を見上げて、モコだった頃を思い出そうとしているらしい。
それを微笑ましそうに見て、礼は居月のあたまを撫でた。
「モコだった頃はね~、風呂に入るとふくふく、はんぺんみたいに膨れてたよ」
「はんぺん?」
「魚のすり身。白くてふわふわの食べ物」
「ふぅん?」
「ふふ、可愛かったなぁ」
「今の僕は?」
「そりゃあ可愛いよ」
「…ならいいや」
礼は、くすくすと笑った。
まるで居月が、昔の自分と張り合っているようだったからだ。
居月は少しばつが悪そうにしながらも、結局はふにゃりと笑った。
のぼせる前に二人とも湯から上がり、タオルで身体を拭く。
居月が髪を拭く前に部屋をうろつこうとするので、引き留めてわしゃわしゃやる。
気に入ったのか、居月がまた笑う。礼も、つられて笑った。
「今日の夕飯はー…」
「ごはんは?」
「オムライスにします」
「オムライス。テレビでみた」
「そう、それそれ」
「手伝うよ。礼」
「ありがと」
手際よく野菜をみじん切りにして、チキンライスを作るのは礼の役。
卵を割って混ぜるのは居月の役。
以外にも居月は器用で、卵を綺麗に割りいれていく。
「ひゅー、器用だね」
「ありがとう?」
「うん。褒めてる」
「へへ」
礼も手早く材料を調理して、フライパンで炒めていく。
ごはんを適量加えて、じゅうじゅうと火を加える。
かんかん、とフライパンからごはんを皿に盛る音が響く。
居月はにへらとした笑みをしながら、その様子に見入っていた。
そして、最後に半熟に熱した卵を乗せて、オムライスは完成した。
待ちきれないという顔でスプーンを握る居月に、礼はさすがに笑った。
「はやく、食べようよ、礼」
「ふふ…分かった分かった」
「「いだだきます」」
「おいしい…!」
「ふふ、最初に玉ねぎをじっくり炒めるのがポイントで―…って聞いてないか」
居月は夢中になってオムライスにかじりついている。
料理のポイントを自慢げに説明しようとした礼も、ちょっと呆れて笑った後、結局同じように食べた。
そして、あっという間に夕食は終わり、食休みのお茶を飲んでいる間。
居月はテレビ台の下からゲームを発見した。
「なに、これ?」
「あぁ。そういや忘れてた。古い型番のゲームだけど、居月にはちょうどいいかな」
礼は、さくさくとゲームの配線をつないで、スイッチをつける。
その様子を、居月は興味深げに眺めていたが、コントローラーを渡されるときょとんとした顔になった。
「これで遊ぶ」
「これで?」
「そう。ボタンぽちぽち押すの。みっつ同じやつをつなげて、消す」
礼が選んだのは、簡単な落ちゲーであった。
居月もはじめこそ操作に戸惑っていたが、案外すぐに慣れてしまって、連鎖までこなすようになった。
「飲み込み早。対戦する?」
「対戦?」
「どっちが先にゲームオーバーになるか、競争」
「へぇ…負けないよ」
「言うなぁ」
最初は、さすがに礼が勝った。
しかし、それが悔しかったのか、もう一回!と意気込む居月。
そしたら、次から居月が押し返して、礼はすっかり惨敗続きになった。
「適応が早いんだよなぁ…」
「へへー、やった」
「仕方ない。参りました」
「ゲーム、面白いね」
「でしょう。仕事中やっててもいいよ」
「うん。でも僕、勉強もしたい」
「おぉ…すごい。私が小学生のころとは正反対だ…」
「だって僕、知らない事、たくさんあるから」
「それにしては聡明なんだよな」
「聡明?」
「賢いってこと」
そう。居月はものすごく、賢い。そんな気がする。
このくらいの歳の子なんて、基本的にそこいらじゅうを意味もなく駆け回って遊んでいたり、
木登りや鬼ごっことか、友達と群れて遊んでいたりするのが普通のような気もする。
ただ、そこは出自が不明で、なおかつどこか人知を超えたようなもののような気がする居月だ。
そんな常識はたぶん当てはまらないのだろう。
そういう所で、礼は居月が人とは違う存在だった事を思い出す。
とはいえ、君の悪さや、恐怖といった感情はみじんも感じはしなかった。
この甘えたの存在は、ただ、今、色々なものを吸収しているだけなのだろう。
そして、その手伝いをしてあげるのが、きっと今の自分の役割だ。
つまり、今まで通りにしていればいい。おそらくは、それでいいのだろうと礼は思う。
「…礼」
「なぁに?」
「僕眠い」
袖を引かれて、ふと視線をやれば、確かにうとうとした表情でいる居月がいた。
ぱっぱとゲームは片付けて、今まで通り、一緒のベッドに向かう。
そして、布団に潜り込むと、モコだった時の名残なのか、礼の胸に顔をうずめてしがみ付く居月。
礼もそんな居月の身体に腕を回して、眠る体勢に落ち着く。
「礼…」
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
居月が見せたのは、満点の、とろけるような笑顔だった。
こうして、居月と礼の、あたらしい当たり前の日々ができていった。
一緒のベッドで抱きしめ合って眠り、一緒に食事をし、一緒の風呂に入り、一緒に朝を迎える。
その日々はとても満ち足りたものであった。
居月の、時々出かける日に街中を観察する表情、初めて本を買い与えた日の嬉しそうな顔。
食後に出した初めてのプリンにキラキラした目で喜ぶ様子。
そのどれもが、礼にとっても、居月にとっても宝物となっていった。
そんな日々が、早い事で、気が付けばもう1年ほど続いていた。
良い感じの暮らし。




