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はじめての散歩

「よし、じゃあ出かけようか」

「どこへ?」

「近所の自然公園」

「おさんぽだね」

「そう」



気を取り直して。

礼と居月はそれぞれに鞄を背負い、家を出た。

目指すは一駅分歩いた程度の所にある自然公園だ。


ここなら、キッチンカーもあるし、ちょっとした散歩体験にはもってこいだろう。

礼としては、そのつもりであった。


ドアの鍵を閉めて、礼が居月に振り返る。



「じゃあ、行こうか」

「うん」



二人で手をつなぎながら、のんびりと街中を歩く。

居月は物珍しいものをみるような顔で、きょろきょろと町の様子を見ながら歩いている。


走り出すほど活発ではないようだが、モコだった時はきっとこの街の景色もぼんやりとしていたのだろう。おそらくは。そもそも見えていたのかも分からないが。



「モコだった時はさ、見えてたの?」

「ううん。あんまりはっきりしない。ただ、途中から安心感があったなぁ」

「そうなんだ」


「僕ってどんなだったの?」

「あー…ショック受けないといいけど」

「えー?」

「ゴミ捨て場に捨てられてた毛玉だったよ」


「それ…僕、やっぱり人間じゃないよね」

「かなー。でも、居月は居月だよ。私の大事な居月だ」

「へへ…うん」



実際にそのゴミ捨て場も見てみた。

居月は少し顔をしかめて、「なんでこんなとこに?」と首を傾げた。

礼は礼で分からなかったので「本当だね」と返した。


ゴミ捨て場も通り抜け、礼はついでだからと仕事場のビルの前で止まる。

居月はビルを見上げて、また首を傾げた。



「仕事先」

「いつもここにいたの?」

「そう」


「仕事って…例えばあのテレビのお兄さんお姉さんみたいな事?」

「…あっはは。面白い見方。でも、合ってる。なんかの役割を請け負う事だからね、仕事は」

「ふーん。僕もできるかな」


「あー…その前に戸籍もらわなくちゃね」

「戸籍?」



思い返せば、毛玉として捨てられていた居月に戸籍などあろうはずもない。

幸い、この自治区は戸籍の無い人に優しい制度がいくつもある。

それを使えば、まぁ、なるようになるだろう…たぶん。



「社会で身分証明するための決まりだよ。ここで生きてますって」

「そんなのがないと言えないの?変なの…」

「まぁ、そうだね。でも、紙で約束事とかするのにどうしても必要なんだよ」

「ふーん?」



思いがけず、これから先必要なものが出てきたな、と礼は思った。

居月は、興味があるのかないのか煮え切らない返事をした。



「興味ない?」

「あるけど…なんか面白くない感じ」

「はは、そうかもね。紙切れ一枚で身分証明って言ってもね」

「そう、そんな感じ」


「まぁ、そのうちもらいに行こ」

「うん。あ、でもそしたら、礼といてもいいって、“証明”される?」

「きっとね」

「なら行く!」



まぁ、おそらくは保護児童扱いになるだろう。

私に引き取る意思があって、居月に私といたい意思があるなら、

たぶんうちの自治区ならそのまま任せてもらえるはずだ。その辺、福祉に強い街でよかった。


急にご機嫌になった居月は握った礼の手をぶんぶんと降り、足取り軽く歩いた。

礼も礼で、居月が自分といたいと言ってくれたことに、わずかに温かい気持ちになり、

居月の手に込める力をすこし強めた。



「着いた」

「着いたね」



たどり着いた自然公園は、冬の終わりというだけあって、さほど青々とはしていなかったが、

歩き回るには十分で、冬でも枯れない常緑種の花が咲いていたりした。



「えい」



ぐしゃ、ぐしゃ。

居月が落ち葉を踏む。乾いた音とともに落ち葉が散り散りになっていく。



「…」



居月が何故か顔をしかめる。

何か、思い出したくないものを思い出したかのような、そんな顔だった。



「どした?」

「ううん。なんか、知ってるような感じ…でも、なんか、変なの」



居月自身も言葉にしかねているらしい。

よくわからないが、顔をしかめるくらいならやらなくてもいいのでは?

礼は、とりあえず自分もやってみた。



「そりゃ」



ぐしゃ。



「うーん。落ち葉、儚い」

「儚い…かな」

「よくわからんね」

「うん。分かんない」


「なんていうか。…あっけない?」

「あぁ…それ、そうかも」



落ち葉ふみはそんなに楽しくない、と結論付けて、居月の手を引いた。

居月も、珍しく無表情になっていたのが、ようやくこっちを見て、ほっとした顔になった。



「花でも見る?」

「ううん…」



どことなく元気がない。

さっきの落ち葉ふみがそんなに腑に落ちなかったのだろうか。

それならば、と、礼はキッチンカーのある方に、居月を誘った。



「じゃあ、こっち。なんか食べよう」

「わ、色々ある」

「あんたは花より団子だね」

「?」


「綺麗なモノより食い気ってこと」

「む…でも、そうかも。ふふ」

「はは。いいよ、それで」



広場には数台のキッチンカーが止まっていて、ケバブやらクレープやらサンドイッチなど、

わりあい色々な種類のメニューが売り出されていた。


散々悩んで、居月が選んだのはクレープだった。

チョコバナナの、シンプルなクレープ。礼は、イチゴとチョコのクレープを頼んだ。



すぐそばのベンチに腰かけて、二人して頬張る。

優しい甘さが口いっぱいに広がり、ここまで歩いてきた疲労感が少し和らいだ。



「おいしい…」

「よかった」

「…礼のもちょっとほしい」

「いいよ。ほら」

「ありがとう」



本当にうれしそうに居月が笑う。

これだけで、ここに来た意味もあったな。と礼は内心でほほ笑む。

段々と日も傾いてきて、少しの肌寒さが二人を包んだ。



「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした。そろそろ帰ろっか」

「うん」



表面上は、穏やかな帰り道だった。


しかし居月は、言い出せないでいた。

あの落ち葉を踏みしめたとき、自分は何かとてもいけない事をしているような、そんな気がしたのだと。礼に言えば、なんだそれ、と笑って頭を撫でてもらえることだろう。


そうしてもらいたいような気もしたが、何故か口にするのは躊躇われて、

結局礼に寄りかかって抱きしめるだけにした。


礼は、いつもと変わらず、居月の頭を撫でて、少し柔らかい顔をした。



はじめての散歩と、落ち葉ふみ。散り散りに踏みつぶす感覚に戸惑う居月。

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