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痛む夢の向こう側

「じゃあ、モコ。仕事行ってくる」

「…ぐぐっ」



その翌朝。仕事に行こうとする礼の言葉を理解したらしいモコが、抗議の声を上げた。

その声は、何というか、カエルの鳴くようななんともひょうきんなものだったのだが。


部屋に大きく、ビシッと乾いたラップ音が響いた。


そして、部屋の温度が3度ほど一気に冷えたような気がした。

異質な気配に、礼も気が付く。どう考えても、この目の前の毛玉がそれを成したらしい。

まるで行くなと言っているような、怒っているかのような現象に、礼は目をわずかに細めた。



「…あんた」

「…みゅ」

「そんなことしても駄目なものはダメ」

「きゅう…」



礼は、冷静だった。

そして、モコも諦めは早かった。

しかしながら、やけに悲しそうな声を上げるモコに、礼はなんとなく罪悪感を感じた。


仕方なく、一度モコを抱き上げて一言。



「ちゃーんと、また帰ってくるよ。ね?」



ぎゅう、と抱きしめて優しく撫でる。

するとモコのほうからも礼の腕に短い手を懸命にのばしてくる。

すりすりとすり寄って、まるで礼の存在を閉じ込めるかのようにして、甘えてくる。


可愛いことこの上ないが、いつまでもそうしている訳にもいかず、礼はモコをバスケットに降ろした。



「また帰ってきたら、抱っこしてあげるから」

「みゅ…」

「よしよし。テレビでも見て、気でも紛らわせてておくれ」

「う、ん」

「…もう返事もできるか。すごいね」



本当に感心したように言う礼。

もう一度だけ撫でて、今度こそ礼は仕事へと出かけて行った。



「みゅー…」



やはり、モコはひと鳴きして、礼を呼んだ。

勿論、もう家の中にいない事は分かってはいる。

けれど呼ばずにはいられないらしい。



そして、もう1、2度鳴いてから、あきらめてテレビの方に向き直った。

テレビの中では、幼子向けの、暮らしのおはようからおやすみまでのプログラムが流れている。


モコは、時々、テレビの「おはよう」や「おやすみ」の声を真似するように声を発した。



「お、はよー」

「おや、す…み…」



本人の気持ちは分からないが、どうにも言葉をまねる事を覚えたらしい。

そして、早くもその使い方までも理解している事は、礼がそうだったように、驚くべきことでもあった。


ペットカメラで内心とても驚きながらも、そのたどたどしさに悶絶していた礼は、今日も絶対に定時で帰ろうと胸に決めるのであった。





――その一方。


礼も、人間の誰も知りえないだろう次元の狭間にて、白い集団が不安そうに囁き合っていた。

皆、白い装束と白い髪を持ち、その誰もが神々しい雰囲気を発していた。

見るからに、人間ではありえないだろう。


その中で、これまた白い座椅子に腰かけた男が、静かに声を発した。



「…感じる。邪神が復活した」



どよどよと、困惑が場に広がる。

男は、「静粛に」と一言つぶやき、続きを語る。



「まだ完全ではない」



しん…と場が鎮まるが、白い集団から声が上がる。



「では、今のうちに葬ってしまえば…」



男は、その意見に、しずかに首を横に振った。

まるで、過去に苦い思い出を嚙みしめるような表情で、こう返す。



「ならん。今度は、違うかもしれん」

「ですが…あいつは邪神ですよ」

「さよう。だが…そばに人の子がいる。場合によっては…」

「よっては?」



「彼が愛を知ることが、あるのかもしれない」



また、ざわざわと集団が騒ぎ始めた。


そんなことがあるのか、いや、あの邪神だぞ。

いくつ世界を滅ぼしたと思っているのか。

だが、あれは我々がそうさせてしまったようなものだろう。



「静粛に」



また、男の声で場は静まり返った。



「今は、まだ様子を見よう。人の子と出会い、彼がどう変わるのか。

…もう、あのような悲劇は繰り返したくはないのだ」



誰も、口をはさむものはいなかった。





――そしてまた一方。



「モコ、ただいま」

「おか、えり…れい!」

「あんたすごいねぇ。もうそんなに話せるようになったの?」

「きゅう!」

「ははは、くすぐったいよ」



そんなやり取りがあったことなどつゆ知らず。

モコと礼は、帰宅後の再開の喜びを、互いに噛みしめていた。


礼も、もう疑う事もない。

モコはテレビを見ただけで言葉を学習してしまった。

その知能の高さに、ますます普通の存在ではないとは思うのだが、

礼といえば、なら今度は何を与えようかと、少しずれたことを考えていた。


正直なところ、あの朝の出来事の時、驚きと同時に、ほんのごくわずかな恐怖もあった。


だが、妙に冷静な礼は、自分と離れるのが嫌という意思表示だという事を理解してしまうと、

何とも言えず妙にあきれたような、仕方ないものを見るような、そんな心地になってしまったのだった。


おそらくだが、モコはそんなに善良なものではないのだろう。

だからといって、礼にとってはモコを放棄する理由にはならなかった。

それだけの事だった。



「明日は休みだから、たくさん遊べるぞ~モコ」

「きゅ!」



いつものように食事をし、いつものように風呂に入り。

それからまた抱きしめ合って眠りについた。その日の夜の事だった。



「い、たい…いたい…」

「…モコ?」



礼は一瞬、また夜泣きかと思った。

けれど、それにしては明確な言葉だ。

確かにモコが発しているものではあったが、そこには悲壮感が強く感じられた。

どうやら、うなされている、らしい。



「どした?モコ。どこがいたい?」

「い、たい…」



どうやら礼の言葉は届いていないようで、しきりに胸のあたりに手を置いて、身をよじっている。

そんなモコの姿を見るのは初めてで、礼は内心おろおろしながら、モコを撫でたり、

声を掛けたりしながら対応するが、モコはまだうなされているらしく、いたいいたいと繰り返している。


すると、部屋の明かりがチカリチカリと点滅しはじめ、部屋の空気がなんだか重たくなり始めた。

冗談ではなく、重力が増した気さえする。どことなく、寒い。


これは良くない、とさすがの礼も思い、モコを抱きしめる力を強める。

けれど、モコは身をよじり、声は湿り気を帯び、まるで泣いているようだった。



「モコ…モコ…!」



必死に呼びかけるも、モコは目を覚まさない。

どうしたらいいんだ、と歯がゆい気持ちをどうすることもできずに、

確実に重たく寒くなる室内でモコを抱きしめる。



「モコ…!戻ってこい…!」



モコの額に己の額を合わせる。とっさの、もうこれくらいしかすることがないという、

半ば願いに近い行為だった。


すると、一瞬のうちに闇がさらに濃くなり、一切の音が消えた。


そして、あろうことか、礼の意識は一瞬で暗闇に落ちた。



――痛い。痛い…。



礼は、暗闇の中で、どこかもわからない場所にただ立っていた。

悲痛な声が聞こえる。


それがモコのものと重なって、はっとした礼は急いで足を動かす。

早く、早く。あの子が泣いてる。そればかりが頭の中で回っていた。


走っているのに、地面の感覚はなくて。

でも、ぼんやりとした明かりのあるほうに、声のする方に、必死にひた走る。


すると、つんと鉄臭いにおいが鼻を突いた。

明かりのもとにようやくつくと、そこには胸を槍で貫かれた、黒い男がいた。

男は血反吐を吐きながら、痛い痛いと泣きながらひざを折っている。


礼は、何故かはわからないが、その男がモコだと思った。

さっきまでの礼の心配と必死さが、そのままこっちにまで続いているようだった。



「モコ…!!!」



礼は、男の元にやっとのことでたどり着くと、同じようにひざを折り、

男の頬に手をやった。抱きしめれば、刺し貫いている槍が、より男に苦痛を与えてしまうだろう。


そっと顔を上げた男は、泣き腫らした目で、礼を見た。

そして、信じられないものを見るような表情になったあと、すこしだけ黙り、最後にはのろのろと礼に抱き縋って来た。



「…痛いね」

「痛い…でも」



礼はなんて言ったらいいのかは分からなかったが、勝手に言葉が口をついて出た。

もはや男のことなのか、モコのことなのか、ごっちゃになってよくわからなかった。


分からなかったが、そっと、傷に響かないように抱きしめた。



「…あなたが来てくれた」



そう男が言った。ぼんやりとしていた明かりが徐々に広がりはじめたと思った瞬間、礼の眼を焼いた。

一瞬で吹き飛ぶ意識。それでも、この男を手放すことはしなかった。たぶん。最後まで。



うなされるモコと、必死な主人公。

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