目と耳と「おかえり」
夜泣きに対応する日が1週間ほど続いた。
よほど嫌な夢でも見るのであろうか。
礼には分からなかったが、せめてモコが安らかに眠れるようにと、口づけを落とし、柔らかく背を撫でる。そうすると、大抵すぐおとなしくなるので、言うほど睡眠時間が削られることもなかった。
「モコ…あんた、目が…?あ、耳もある…なぜ?」
そんなある朝の事だ。驚いた。
布団の中で寝そべったまま。
抱えたままのモコに目をやると、黒々とした、水晶玉のような眼玉がふたつ。
そして、ハムスターの耳みたいに控えめな、獣のような耳までくっついていた。
いつの間に成長したのか、というか変化したのか。
「…くるるるる」
私の声に反応したのか、モコが例の甘えた声を出す。
しかも、私の顔の方に身をよじって。どうやら、私の顔を見ている…らしい。
…か、可愛い。
しかし、これで分かった。モコは、成長するらしい。
という事は、モコはなにかの幼体だったのかもしれない。
これまで反応がなかったのは、もしかして、生まれてすぐだったから、なのだろうか。
「モコ~」
「くるる」
「…すごい。呼びかけに反応する…」
すごい進歩だ。革命だ。
少なくとも、私の中では。
何がどうなって成長したかは分からない。
でも、純粋に嬉しい。なにせ、私の声に反応して、私の顔を見ようとしてくるのだから。
「すごいな~モコ。その調子ですくすく育て」
「くるるる…」
しかし、そうなると会社に行っている間はどうしようか。
モコがひとりで寂しくはないだろうか?
少しだけ、モコから離れて、息をひそめて様子をうかがってみる。
5分経ったが、何もない。
10分、何もない。
まぁ、うん。どうやら大丈夫そうだ。
念のためにテレビのチャンネルを回して、子ども向けの番組に固定しておいた。
見てるのかは知らないけど、なんとなくモコの黒い眼玉には映っている気がしたので、
このままで仕事に出ることにした。
「みゅう」
礼のいなくなった部屋で、モコが一声、鳴いた。
誰も来ないとわかると、もう一声、鳴いた。
それでも来ないので、モコはだんまりとして、流れてくるテレビの音に耳を傾けていた。
そして、映像をその目に映して、見かけでは分からないが、急速にその情報をインプットしていた。
ふいに、モコの姿が膨れる。耳が少しだけ伸び、身体がわずかに大きくなった。
その姿は、モップの先についているくらいの、大きな耳の生えた毛玉だった。
ペットカメラを覗いた礼が驚いたのは言うまでもない。
その日の夕方。
飛ぶようにして帰って来た礼は、恐る恐る玄関の扉を開いた。
「ただいま~…」
「みゅー」
今度は、昨日と違って、声が返ってきた。
それに驚いたり、喜んだり、すこしおっかなびっくりだったりしながら、礼はモコの元へ向かう。
よくよく見ると、随分形が変わっている。
まるで、のっぺりしたウサギのようだ。すこし違うのは、自分にのばされた前足らしきものが、カラスのあしのようなものだったりすることだろうか。
可愛いのに、どことなく禍々しい雰囲気がある。
「みゅ」
「ただいま、モコ」
「お…かえ…り…」
「しゃ、べった…だと…!?」
今度こそ礼は驚いた。
こんな劇的に変化してもいいものなのか?
しかし、当然ながら誰も答えてくれるものはいない。
もしやテレビ番組の影響か?とも思ったが、それにしたって早すぎるだろう。
それはないか、と思い直す。
実際にはその通りだったのだが、今の礼には知る由もない。
「みゅ…」
「うん?なにかな、モコ」
「くるるる…」
「…ぐっ」
可愛い。
なんだかもう、礼はすっかりこれだけで色々とどうでもよくなってしまった。
普通に考えれば得体のしれない現象が起きているのだが、
無駄にかかったフィルターがすべてを軟化させてしまう。
撫でれば撫でるだけくるくると甘えてくるモコに、礼はほんのりと笑みを返す。
「そうだ。モコ、礼。私は、礼」
「みゅ…。れー…」
「礼」
「れ、い」
「言えた!そうだよ~、モコ。私の名前は礼。よろしくね~」
思わず抱きしめると、モコはさらに喜んでふくふく膨れる。
礼はその可愛らしいしぐさに、頬ずりをして返した。
こうして、出どころ不明な謎生物と、礼との、ふたりの絆は着々と育ちはじめていた。
「さて。ではモコくん。風呂の時間だ」
普段通りの食事を終えた礼は、今日はモコと一緒に風呂に入ることにした。
モコは嫌がるそぶりも見せず、風呂に浮かぶ。
「れいー」
「気持ちいいね、モコ」
「くるるる…」
その二人の姿は、種族は違えどももはや親子といってもいいような、そんな微笑ましさを漂わせていた。
ドライヤーの温風に機嫌よさげに膨らむモコ。
風呂上がりに皿から牛乳をすするモコ。
寝しなに抱き上げようとすると、前足を伸ばして甘えてくるモコ。
そんなモコの姿を見ながら、礼は大変に幸せな気分であった。
順調に成長するモコと、順調にほだされていく主人公。




