どうしよう、僕、邪神でした
礼は思う。最近の居月は、なんだか元気がない。
どこがと言われれば、それは明確だ。目を見ればわかる。
夜眠るとき、ふとした瞬間。
居月はこちらを見るとき、それはもう、とろけるような笑顔を浮かべる。
それが最近、どことなく陰っている。
何かあったのかもしれない、と礼は思うが、居月から何か言うつもりはないらしい。
無理やり聞き出してもいいものか、礼は悩んでいた。
その一方で、居月はというと、あの出来事をきっかけに、
とある夢を繰り返し見るようになっていた。
それは、何を言っているのか分からないノイズが響く空間で、一人立ち尽くし、その先に礼がいる夢。
やはり礼を追いかけたくても、身体が動かない。足を動かしているつもりなのに、一歩も進んでいない。そんな夢だ。
そして、起きたとき、腕の中にいる礼にほっとして、礼の胸に顔をうずめる。
それは、安堵のためでもあったし、半ば捨てないで、と希う不安のためでもあった。
そんなある日の事だった。
食卓を囲う一方で、テレビをつけていた。
適当にセレクトしたチャンネルでは、なにやら勧善懲悪もののアニメが映し出されている。
主人公が悪役を追い詰め、悪役の独白が始まる。
『僕は…ずっと孤独だった。
世界のどこかに、僕がいてもいい居場所があると思っていた。だが、それは見つからなかった』
「…?…っ?」
居月はそれを聞いたとき、ぴしりと頭の中で何かが音を立てて壊れたような気がした。
「?…居月?」
「あ…あぁ…」
今までの出来事が、夢が、全て、走馬灯のように駆け巡った。
神々の冷たい視線、居場所を探してさまよっていた日々、拒絶された日、全てを壊した日、
全て、全てが電流のように流れていく。
そして、最後に、己の胸を貫いた槍と、白い神の、厳しく冷たい表情。
「どうしよう…僕、邪神でした」
「…邪神」
思い出した。思い出してしまった。
居月は真っ青になって、己の身を抱きしめる。
礼をすがるように見る居月に、礼は言った。
「あー…なんか、そういう類な気はしてた」
「嘘…でしょう?」
「というかあんた、口調変わってない?」
「これが素です」
礼は、食べかけだったプリンを置いて、テレビを消した。
しん…と部屋の空気が静まる。
「なんで今?」
「テレビの…セリフで」
「ふむ…」
礼は少し考えて、椅子から立ち上がると、バッと腕を広げて言った。
「ほら。とりあえず、こっちおいで」
「…なんで」
「あんたが何者だろうが、私の居月でしょ」
「僕、でも、あなたを壊すかもしれないんですよ」
「そうするの?」
「しない…!けど…」
「けど?」
「怖いんです…今、自分が」
礼は、とりあえず腕を下ろすと、再び席について、居月に話しかけた。
「それは、今?」
「…いいえ」
「最近、元気なかったでしょ」
「…その兆候はあったんです」
居月が先日の夕方の出来事を話すと、礼はすごく嫌そうな顔をして、言った。
「馬鹿。そういう事は早く言いなさいよ」
「…だって、礼に拒絶されたくなくて」
「違うよ。そんな嫌な思いをしたことを言えって言ったの」
「…嫌、だった?」
「違うの?」
こんな時でも、礼は礼だった。
自分が怖いという話よりも、その嫌だった気持ちについて言及する。
居月にとっては、思ってもみない事だった。
「…嫌、でした。とっても」
「でしょうとも。私だってそういうの、嫌」
「でも、それ以上に自分が怖くて…」
「嫌な思いしたんだから、当然でしょう。ありがとう、言ってくれて」
自分が邪神なことはまだ、一切触れられてはいない。
触れられてはいないが、居月はなんだか肩の力が抜けた。
この人は、こんな時でも自分の事を大事にしてくれる。
それだけで、なんだか少しだけ安心してしまった。
物事は、何一つ解決していないのに。
「…やっぱり、抱きしめてください」
「おうとも、さぁこい」
礼も、居月も、二人して立ち上がる。
不安そうな顔の居月に対して、無駄にきりりとした礼が、ぎゅっと居月を抱きしめた。
「ほら、平気」
「…はい」
そっと、居月の腕が礼の背に回る。
何ともない。それだけのことだったが、居月は酷く安堵した。
「一瞬、僕、あのままここを去ろうかと思いました」
「なんで」
「だから、怖いんです」
「受け止めきれない?」
「…まだ、今は」
「…そう」
しばらくの沈黙が降りる。
居月も礼も、今はただ、お互いどう出るか考える前に、お互いがどんな気持ちか推し量っていた。
少なくとも、今はまだ。
「ねぇ」
「はい」
「思い出したなら、聞かせてくれない?」
「…いいんですか?面白くもない話しですよ」
「それでもいいよ」
「じゃあ、話します」
礼はうん、と頷くと、そっと居月から離れた。
そして、顔をパシリと両手で叩く。
「?」
冷蔵庫から取り出したのは、薬膳酒だった。
時々料理に加えている、隠し味の、元々飲用の酒であった。
「何故に、酒?」
「重すぎないように」
「…ふは。そんなの、いいんでしょうか」
「いいの」
居月は、ようやく少し笑えた。
礼も、にやりと笑みを返した。
こうして、酒を交えて、居月の過去話が披露されることになったのであった。
思い出した居月。主人公な主人公。




