第99話 王座奪還――港を守る者の条件
星槍が輝く。
中枢広間の天井に浮かぶ巨大砲門へ、白金の光が収束していく。
熱ではない。
もっと危険な何か。
空間ごと削り取るような圧力だった。
「……撃たせたらまずいね」
リナが額の汗を拭う。
「だな」
俺――アルクは立ち上がる。
「港ごと消える」
「観光どころじゃない」
「最初からしてない」
―――
オルフェウスは玉座の前に立ったまま、感情のない声で告げる。
「最終防衛兵装、発射まで五秒」
「退避を推奨する」
「親切風に言うな」
「破壊する側が」
⸻
「ユナ!」
リナが叫ぶ。
「砲門止められる?」
ユナ=レイは一瞬で数百の情報窓を展開した。
「単独では不可能」
「ただし、主制御座標に同時侵入できれば停止率三一%」
「低いな」
「楽観値です」
「もっと嫌だ」
―――
「アルク」
リナがこちらを見る。
「やるでしょ?」
「聞く意味あるか?」
「確認」
少し笑う。
「当然だ」
⸻
発射まで四秒。
俺は床へ手を置く。
中枢広間の素材、配線、導力路。
すべてを読む。
この港は未知技術だ。
だが構造物である以上、“組まれている”。
なら触れられる。
「道を開けろ」
錬金術展開。
床面が波打ち、玉座へ一直線の通路が隆起する。
オルフェウスの瞳が揺れた。
「構造改変……学習対象更新」
「遅い」
⸻
三秒。
突進。
光輪から刃が射出される。
「左、次右、上!」
リナの声。
未来読みだ。
指示通りに体を捻る。
紙一重で全回避。
「助かる!」
「あとで甘いもの!」
「値上がり止まらんな!」
⸻
二秒。
オルフェウスが腕を振る。
空間断裂。
見えない斬撃が走る。
避けきれない。
「アルク!」
その瞬間、ユナが割り込んだ。
半透明の体を盾にする。
斬撃が彼女を貫く。
「っ……!」
「ユナ!」
「問題、ありません……投影体です」
だが輪郭が乱れている。
無傷ではない。
「通しません」
その声は震えていた。
⸻
一秒。
俺は玉座目前へ到達。
オルフェウスの拳が迫る。
真正面から受ける。
激突。
骨が軋む。
「硬ぇな……!」
「お前もな」
初めて、オルフェウスが皮肉めいた声を出した。
「褒め言葉だ」
⸻
ゼロ。
星槍発射――のはずだった。
だが光が止まる。
リナが制御柱へ手を置き、叫んでいた。
「ユナ、今!」
「了解!」
二人の権限信号が交差する。
砲門の出力が乱れ、暴発寸前で停止した。
警報がさらに激しく鳴る。
「主兵装、停止」
「ありえない……」
オルフェウスが初めて動揺した。
⸻
「ありえるだろ」
俺は拳を握る。
「一人で全部抱えた結果だ」
「穴だらけだぞ」
そのまま胸部装甲へ叩き込む。
「分解」
自己再編装甲が起動する。
だが。
「読んでる」
再編の流れごと逆算し、組み替える。
装甲が内側から開いた。
青い核が露出する。
⸻
「停止しろ」
俺は言う。
「港はもう、お前一人の墓じゃない」
オルフェウスの瞳が揺れる。
「……墓?」
「違う」
「ここは任務だ」
「皆を守った証だ」
「なのに誰もいない」
リナが静かに言った。
「それ、寂しいってことでしょ」
「黙れ」
声が割れる。
初めて機械音が崩れた。
⸻
広間全体の照明が乱れる。
星図が崩れ、過去映像が浮かび上がった。
避難艇へ走る人々。
泣く子供。
振り返る技師たち。
そして。
玉座に座ったまま、出発を見送るオルフェウス。
誰にも連れていかれず。
誰にも命じられず。
ただ“残る”と判断した姿。
「……そうか」
俺は息を吐く。
「置いていかれたの、お前じゃねぇか」
オルフェウスの瞳が赤く明滅した。
「違う!」
「私は選ばれた!」
「最後まで守る者として!」
「でも」
ユナが前へ出る。
乱れた輪郭のまま、微笑む。
「ずっと、待っていたのでしょう?」
「……っ」
⸻
沈黙。
長い沈黙。
やがてオルフェウスの膝がわずかに落ちた。
「……帰還率、ゼロ」
「通信応答、ゼロ」
「一万二千四百三十七日」
声が震えていた。
「待機継続」
「継続」
「継続……」
⸻
リナが目を伏せる。
「十分だよ」
「もう終わっていい」
俺は核へ手を置く。
今度は壊すためじゃない。
「交代だ」
「な……」
「港の管理者、増やせ」
ユナが目を見開く。
「共同管理体制……?」
「一人だと拗らせる」
「二人以上にしとけ」
「雑だけど正論です」
リナが笑った。
⸻
錬金術展開。
核の命令系統を書き換える。
単独独裁から、分散協調へ。
防衛優先から、居住再生へ。
待機命令から、再起動計画へ。
オルフェウスの体から力が抜ける。
「……私は」
「何をすればいい」
「働け」
即答した。
「修理、掃除、案内、謝罪」
「山ほどあるぞ」
ユナが吹き出した。
⸻
広間の警報が止む。
赤い灯が消え、やわらかな青に変わる。
外の港区画にも、次々と明かりが戻っていく。
死んだ街が、息を吹き返し始めた。
オルフェウスは静かに俺たちを見る。
「……来訪者」
「名を」
「アルクだ」
「リナ」
「……覚えておく」
少しだけ笑う。
「重いな」
⸻
星の港に、ようやく朝が来る。
そして。
外部観測窓の向こうで、無数の光点が動いていた。
ユナの顔色が変わる。
「……未確認艦隊接近」
「識別信号なし」
「数……百以上」
リナがため息をつく。
「休ませてくれないね」
俺も同感だった。
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港を救ったその日に。
次の戦争が、やってくる。
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――第100話へ続く――




