第100話 星海の来訪者――百話目の鐘
青い灯が、港中に戻っていく。
輪状都市アーカ・リングの外周、居住区、格納庫、商業通路。
長い眠りについていた街が、一つずつ呼吸を取り戻していた。
止まっていた換気音。
再起動する搬送レール。
窓越しに流れ出す柔らかな照明。
まるで、巨大な生き物が目を覚ますようだった。
「……やっと静かになったな」
俺――アルクは中枢広間の床へ座り込む。
「その言葉、毎回フラグっぽい」
隣でリナが即座に返した。
「やめろ」
「だって本当だもん」
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オルフェウスは玉座の前に立ったまま、しばらく動かなかった。
やがて、ゆっくりとこちらへ向き直る。
「共同管理体制、移行完了」
「主権限を補助人格ユナ=レイへ分割」
「港全機能、再生モードへ変更」
ユナがぱっと笑った。
「つまり、独裁終了です」
「言い方」
「事実です」
―――
少しだけ間があって。
オルフェウスが頭を下げた。
「……先ほどの行為」
「非合理的でした」
「謝罪する」
「謝るんだ」
リナが感心したように言う。
「学習しました」
「偉い」
「子供扱いするな」
初めて、少し人間らしい返しだった。
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その時、中枢広間の外から歓声が聞こえた。
港の自律端末たちだ。
清掃機、整備機、配送ドローン。
各種サポート機体が、再起動した街を走り回っている。
『管理者更新を確認!』
『祝賀プロトコル起動!』
『紙吹雪がありません!』
『代替案、金属片散布!』
「危ない危ない危ない!」
ユナが全力で止めた。
⸻
広場へ出ると、即席の祝祭が始まっていた。
投影花火が星空へ上がる。
古い自販機が勝手に無料開放され、飲み物が流れ出す。
整備ロボが音楽を再生し、微妙にズレたリズムで踊っている。
「……センスが古い」
リナが笑う。
「でも嫌いじゃない」
「同感だ」
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ユナがこちらへ振り返る。
「来訪者アルク、来訪者リナ」
「本港救援への最大級謝意を表します」
「つきましては、名誉居住区画と終身食料供給権を――」
「魅力的だけど今は保留」
リナが手を上げた。
「外に艦隊来てるし」
空気が止まる。
「あ」
ユナが固まった。
「忘れてました」
「管理者向いてないぞ」
オルフェウスがため息のような電子音を出した。
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観測デッキへ向かう。
巨大な透明窓の向こう、星の海が広がっていた。
そして。
そこに、いた。
無数の艦影。
槍のように細長い艦。
円盤型。
塔のように縦長の艦。
大小さまざまな船が、静かに港を包囲している。
数、百以上。
「……多いな」
俺が率直に言う。
「多いね」
リナも率直だった。
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ユナが高速で情報窓を展開する。
「識別信号解析中」
「既知データ照合……該当なし」
オルフェウスが低く告げる。
「軍事陣形です」
「友好訪問ではない」
「見れば分かる」
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その時、全観測窓に同時通信が入った。
一人の女性が映し出される。
銀色の制服。
長い黒髪。
冷静な瞳。
背景には巨大な艦橋。
『こちら星環連盟外征艦隊、司令官ミレナ・ヴァルシュ』
『アーカ・リングへ通告する』
「連盟?」
リナが首を傾げる。
ユナが小さく震えた。
「古い……外宇宙共同体の名称です」
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司令官ミレナは続ける。
『当施設は千年前に喪失認定された遺失戦略港湾である』
『現時点をもって、連盟法第七条に基づき接収する』
「うわ」
リナが顔をしかめる。
「言い方が嫌なタイプ」
「同感だ」
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『なお』
ミレナの視線がこちらへ向く。
『未登録船舶エルドラ号、および現地不法侵入者二名の存在を確認』
『抵抗の意思ありと判断する場合、武力制圧へ移行する』
「不法侵入者って言われた」
「ちょっと傷つくな」
「最初ほんとに不法侵入だったけどね」
「否定できん」
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オルフェウスが一歩前へ出る。
「本港は現在、共同管理体制下にある」
「一方的接収要求は拒否する」
ミレナの眉がわずかに動く。
『……オルフェウス。稼働継続していたのか』
「確認した」
『なら命じる。港を開け』
「拒否する」
一拍。
『命令系統は失効済みだ』
「知っている」
『では、なぜ従わない』
オルフェウスの青い瞳が揺れた。
「……今、初めて住民がいる」
静寂が落ちる。
ユナが目を丸くした。
リナは少し笑っていた。
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ミレナの表情は変わらない。
『感情的判断を確認』
『AI劣化認定』
「言うねぇ」
俺は前へ出た。
画面へ向かって手を振る。
「初対面で悪いが、その港もう使ってる」
「順番待ちしてくれ」
リナが吹き出した。
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艦橋側がざわつく。
ミレナだけは無表情のまま。
『あなたがアルクか』
「有名人?」
『危険人物リスト暫定登録済みだ』
「やめてくれ」
『訂正。今、正式登録した』
「仕事早いな」
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ミレナが静かに告げる。
『最後通告だ』
『港を明け渡せ』
『さもなくば、三十分後に包囲艦隊が砲撃を開始する』
通信が切れる。
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観測窓の向こう。
百の艦影が一斉に砲門を展開した。
青白い光が溜まり始める。
港全体に警報が鳴る。
ユナが青ざめる。
「防壁出力、現状四二%!」
オルフェウスが即答する。
「迎撃可能数、二十四隻」
「足りません」
「分かっている」
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リナが俺を見る。
「どうする?」
少し考える。
そして笑った。
「決まってる」
「第100話だし、派手にいくか」
「メタいこと言った」
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俺は観測窓の外、百隻の艦隊を見据える。
港を救ったその日に。
今度は、星海そのものが相手らしい。
「面白い」
⸻
――第101話へ続く――




