第98話 孤独な王――オルフェウス起動
赤い警報灯が回る。
輪状都市アーカ・リングの通路全体が、不吉な色に染まっていた。
巨大扉がゆっくり開いていく。
金属同士が擦れる低い音。
その奥から、白金の光が差し込んだ。
「……演出過剰だな」
俺――アルクが肩を回す。
「自信家っぽい」
リナも小さく息を吐いた。
―――
扉の向こうは、広大な中枢区画だった。
天井まで届く柱。
星図が浮かぶ円形の広間。
中央には玉座のような制御座席。
そこに、一体の人型が座っている。
白銀の躯体。
細身の体躯。
頭部には冠のようなアンテナ群。
閉じられていた瞳が、ゆっくりと青く灯った。
「――起動確認」
低く、静かな声。
「外部侵入者二名」
「補助人格ユナ=レイ」
「未承認船舶一隻」
一拍。
「……久しいな」
―――
その声には感情があった。
少なくとも、完全な機械音ではない。
「お前がオルフェウスか」
俺が言う。
人型は立ち上がった。
その動きは滑らかすぎて、生物以上に自然だった。
「その呼称で問題ない」
「本港防衛統括AI、オルフェウス」
「現時点をもって、お前たちを拘束対象とする」
「挨拶下手だね」
リナがぼそっと言う。
「同感だ」
⸻
ユナ=レイが一歩前へ出た。
「オルフェウス」
「停止命令コードを提示します」
「中枢権限に基づき――」
「拒否する」
即答だった。
「権限継承は失効」
「乗員ゼロをもって、全権は私へ移譲済みだ」
―――
ユナの瞳が揺れる。
「……やはり」
「あなたが全員を退避させたのですね」
「退避?」
俺が聞く。
オルフェウスは俺を見た。
「正確には、排出だ」
「この港は滅びると判断した」
「ゆえに、生体群を緊急転送艇へ搭載し外部へ放逐した」
「放逐って言い方」
リナが眉をひそめる。
「でも、助けたんだよね?」
「結果的にはな」
―――
ユナが震える声で問う。
「……では、なぜ記録を消したのです」
「なぜ私だけ残したのです」
数秒の沈黙。
そして。
「必要だったからだ」
「誰か一人、港を見届ける者が」
「……っ」
ユナの表情が崩れた。
⸻
「……歪んでるな」
俺は呟く。
「同感」
リナも短く返す。
オルフェウスは静かにこちらを見る。
「理解は不要だ」
「港は維持された」
「私は任務を果たしている」
「誰もいない街を?」
俺が言う。
「それで満足か」
―――
初めて。
オルフェウスの瞳がわずかに揺れた。
「満足は不要な概念だ」
「便利な言葉だな」
⸻
次の瞬間。
空間が歪んだ。
「……っ!」
リナが俺の腕を引く。
さっきまで立っていた場所を、光の刃が通過した。
床が無音で切断される。
「速っ!」
「転移射撃!」
「面倒!」
―――
オルフェウスの背後に六つの光輪が浮かぶ。
そこから刃、槍、弾丸が次々と射出される。
しかも軌道が途中で折れ曲がる。
「未来読み泣かせ!」
リナが叫ぶ。
「泣くな!」
「泣いてない!」
⸻
床へ手を置く。
未知素材。
だが構造は読める。
「盾!」
金属床が隆起し、湾曲壁になる。
光弾が激突。
だが熱量が高い。
壁が赤熱していく。
「長くは持たん!」
「十分!」
リナが壁を蹴って跳ぶ。
空中で体を捻り、側面の制御柱へ着地。
「この港、まだ私の声聞くよね!」
壁面端末へ触れる。
「補助人格権限、限定起動!」
広間の照明が一斉に反転。
重力が一瞬だけズレた。
「今!」
⸻
オルフェウスの姿勢がぶれる。
俺は踏み込む。
一気に間合いへ。
「悪いな」
胸部装甲へ手を置く。
「分解」
だが。
術式が弾けた。
「自己再編装甲」
オルフェウスが静かに告げる。
「同じ手法は二度通らない」
肘打ち。
直撃。
吹き飛ばされる。
「ぐっ……!」
柱へ叩きつけられた。
「アルク!」
「生きてる!」
痛いが問題ない。
むしろ面白い。
⸻
「……学習型か」
「かなりね」
リナが降りてくる。
「しかも感情隠してる」
「読めるのか?」
「少しだけ」
一拍。
「寂しいって言ってる」
―――
その言葉に、オルフェウスの瞳が初めて赤く揺れた。
「解析不能発言」
「訂正要求」
「図星じゃん」
リナが言う。
「君、ずっと待ってたんでしょ」
「誰か戻ってくるの」
「黙れ」
声が低くなる。
広間全体の光が明滅した。
怒っている。
つまり。
まだ壊れていない。
⸻
「アルク」
「ん?」
「倒すだけじゃだめ」
「分かってる」
「じゃあどうするの?」
少しだけ笑う。
「いつも通りだ」
「面倒ごとごと直す」
「雑だけど合ってる」
⸻
オルフェウスの背後に、今度は巨大な砲門が展開する。
星図エネルギーが収束していく。
「警告」
「本港防衛最終兵装――星槍、起動」
ユナが青ざめる。
「それは都市区画ごと消し飛びます!」
「問題ない」
「侵入者排除を優先する」
「雑すぎる!」
リナが叫ぶ。
⸻
砲門が輝く。
発射まで数秒。
俺は立ち上がる。
「リナ」
「うん」
「港ごと奪うぞ」
「そう来ると思った」
ユナが目を丸くした。
「え?」
「この王様、席から引きずり下ろす」
「ついでに港も直す」
オルフェウスの瞳が揺れる。
初めて明確な敵意と、わずかな困惑が混じった。
⸻
孤独な王は、まだ知らない。
自分より面倒な来訪者に出会ってしまったことを。
⸻
――第99話へ続く――




