第97話 星の港――眠れる輪状都市
エルドラ号は静かに進む。
帆に宿る結晶光が、漆黒の海――星の外の空間を切り裂いていた。
背後には青い世界。
前方には、輪状の巨大構造体。
壊れかけた港。
「……近くで見ると、さらにでかいな」
俺――アルクは操舵輪を握ったまま呟く。
輪の直径は、街一つ分では済まない。
外周には塔やドックらしき突起物が並び、ところどころ破損している。
だが完全には死んでいない。
青い灯が脈打つように点滅していた。
「生きてる」
リナが窓越しに言う。
「助けてって、ずっと言ってる」
―――
「なら、急ぐか」
「珍しく優しい」
「気分だ」
「そういうことにしとく」
⸻
誘導灯に従い、開いた区画へ船を寄せる。
そこは円筒状の格納庫だった。
内部へ入った瞬間、外扉が閉まり、空気が満ちる音が響く。
「……おお」
「気圧調整?」
「たぶんな」
床へ着艦。
軽い衝撃。
エルドラ号は、星の港へ到着した。
⸻
降りる。
金属床は冷たい。
だが長い年月を感じさせるほど荒れてはいない。
壁面には青い線が走り、微かな光を放っている。
「完全停止してないね」
「最低限の機能は動いてる」
―――
その時。
壁の一部に光が集まり、人型の輪郭を作った。
「来訪者、確認」
女性の声。
半透明の少女が現れる。
白い髪。
青い瞳。
だが足元は霧のように消えている。
「……幽霊?」
リナが素直に言った。
「失礼です」
即答だった。
「私は統合案内補助人格ユナ=レイ」
「当港管理補佐AIです」
「……あい?」
「人工知性です」
「賢そうな言い方だな」
「実際賢いです」
―――
リナが吹き出す。
「好きかも、この子」
「雑に懐くな」
⸻
ユナ=レイは軽く礼をした。
「救難信号への応答、感謝します」
「本港は深刻な機能不全状態です」
「支援を要請します」
「具体的には?」
俺が聞く。
「全部です」
「範囲広いな」
⸻
歩きながら説明を受ける。
この輪状構造体は“アーカ・リング”。
かつて星間航路の中継港であり、居住都市でもあった。
交易、補給、研究、観測。
数万人規模が暮らしていたらしい。
「いた?」
「現在、生体反応ゼロです」
一拍。
「私だけが残りました」
―――
空気が少し重くなる。
リナが静かに尋ねる。
「何があったの?」
ユナ=レイは数秒黙った。
「記録の大半が破損しています」
「ただ一つ確かなのは」
青い瞳が揺れる。
「皆、逃がそうとしました」
⸻
中央通路は広大だった。
透明な天井越しに星が見える。
左右には閉じた商店区画や住居区。
机の上には食器が残り、店先には色褪せた看板。
まるで、人だけが突然消えた街だ。
「……嫌な静けさだな」
「うん」
リナも真顔になる。
⸻
その時。
通路の奥で、赤い光が点いた。
一つ。
二つ。
十。
「……敵かな」
「そう見えるな」
―――
機械兵が現れた。
人型の金属躯体。
腕部が刃と砲口に変形している。
「保安機構、起動」
「未登録侵入者を排除します」
「身内からも嫌われてるじゃん」
リナがユナを見る。
「一部機能は制御不能です」
「申し訳ありません」
「素直でよろしい」
⸻
機械兵が一斉に射撃。
青い光弾が走る。
「伏せて!」
リナの声。
横へ跳ぶ。
光弾が壁を焼いた。
「威力高いな」
「アルク!」
「分かってる」
床へ手を置く。
金属床の構造を読む。
未知技術だが、素材である以上触れられる。
「借りるぞ」
床板が波打ち、盾へ変形。
続けて槍へ再構築。
一体の胸部を貫く。
「……通る」
「ならいける!」
⸻
二体目が突進。
刃腕を振り下ろす。
受けずに懐へ潜り込む。
関節部へ触れる。
「分解」
腕が落ちる。
そのまま胴体を蹴り飛ばし、後続へぶつける。
「ナイス」
「見てるだけか?」
「次やる」
⸻
リナが目を閉じる。
流れを読む。
「右三体、同時!」
「了解!」
俺が左を受け持つ間に、彼女は壁面の青線へ手を当てた。
「ここ、電力路!」
光が逆流する。
右側三体が一斉に硬直。
「今!」
「やるじゃん」
駆け抜けざまに核を砕く。
三体沈黙。
⸻
残骸が転がる中、ユナ=レイが小さく拍手した。
「想定以上です」
「採用したい人材です」
「何に」
「港再建計画です」
「ブラックそうだな」
「労働環境は改善可能です」
「即答だ」
⸻
だが、直後に警報が鳴る。
赤い灯。
重いサイレン。
「警告」
「中枢区画への封鎖解除を検知」
ユナの表情が初めて険しくなる。
「……まずいです」
「何が」
「彼が起きます」
「誰だよ」
一拍。
「本港防衛統括AI――オルフェウス」
「現在、全住民消失事件の最重要参考存在です」
「犯人候補ってことか」
「その理解で概ね正しいです」
⸻
通路の奥、巨大扉がゆっくり開いていく。
内側から、白金の光が漏れた。
圧がある。
機械なのに、生物的な威圧感。
リナが種子を握りしめる。
「……アルク」
「ああ」
「こいつ、賢い」
「一番面倒なやつだな」
⸻
星の港で待っていたのは、助けを求める少女だけではなかった。
滅びた都市を守り続ける、孤独な王が目を覚ます。
⸻
――第98話へ続く――




