第96話 星が呼ぶ場所――空の外へ
夜。
アストラ層の新しい空には、無数の星が瞬いていた。
人々はまだそれに慣れていない。
街のあちこちで、誰もが空を見上げている。
「落ちてこないよね?」
「近くで見ると怖い」
「綺麗だけど数が多い」
―――
そんな会話が聞こえてきて、少し笑う。
閉じた天蓋しか知らなかった者たちには、星空すら未知なのだ。
「……可愛い反応」
リナが隣で言う。
「お前も最初ぽかんとしてただろ」
「私は綺麗って思ったもん」
「語彙は失ってた」
「それは否定しない」
⸻
丘の上。
俺――アルクとリナは、昼に見たあの星を再び観測していた。
他の星とは違う。
一定の間隔で明滅している。
三回短く、二回長く、一回短く。
それを繰り返す。
「……信号だな」
「うん」
リナが目を細める。
「しかも偶然じゃない」
―――
誰かが、こちらを認識して送っている。
「問題は」
俺は腕を組む。
「どうやって行くかだ」
「飛ぶ?」
「雑だな」
「でもあなたならやれそう」
「否定できん」
⸻
実際、飛ぶだけなら方法はある。
だが宇宙空間――いや、この世界で何と呼ぶべきかは分からないが、“外”に出るには環境制御も必要だ。
空気、温度、推進、帰還手段。
「……船かな」
リナがぽつりと言う。
「船?」
「空飛ぶやつ」
「それロマン優先だろ」
「大事でしょ」
―――
少し考えて、笑った。
「いいな」
「でしょ?」
「船にするか」
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翌朝。
広場に巨大な設計図が広げられていた。
住民たちがざわつく。
「何作るんです?」
「また街変形します?」
「家は巻き込まないで!」
「今回は大丈夫だ」
たぶん。
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セレア、カヤ、そしてアストラ層の技師たちまで集まっている。
「空の外へ行く船を作る」
俺が言うと、全員が固まった。
「……はい?」
カヤが聞き返す。
「船だ」
「いや、単語は分かります!」
「空の外ですよ!?」
「だから船だ」
「会話になってない!」
リナが笑い転げていた。
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素材は十分ある。
天蓋結晶。
世界樹の枝材。
地下層の軽量鉱石。
発光流体。
そして、種子から得た新空の循環技術。
「……本当にできるのか」
技師の一人が呟く。
「できるようにする」
「毎回それですね……」
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作業は三日三晩続いた。
俺が骨格を組み、住民たちが部材を運び、リナが流れを読んで最適化する。
世界樹の枝を湾曲させた船体。
天蓋結晶の帆。
発光流体を圧縮した推進炉。
船首には、星を指す羅針盤。
「……かっこいい」
完成したそれを見て、リナが目を輝かせる。
細長い白銀の船体。
木と金属と光が混ざった、不思議な船だった。
「名前つけよう」
「いるか?」
「絶対いる」
「……何にする」
少し考えて、リナが笑う。
「エルドラ号」
「安直だな」
「じゃあアルク二号」
「却下」
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出航の日。
広場は祭りになっていた。
またかと思ったが、今回は皆の顔に期待がある。
「空の外、見てきてください!」
「お土産!」
「変なもの拾わないで!」
「保証できん」
―――
カヤが腕を組んで言う。
「戻ってこなかったら許しません」
「怖いな」
「当然です」
セレアは静かに頭を下げた。
「道を開いてくださったこと、忘れません」
「まだ途中だ」
俺は答える。
「続きを見てくる」
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船へ乗り込む。
甲板には二人分の席。
必要な物資。
簡易居住区画。
なぜかリナが大量のお菓子を積み込んでいた。
「何だこれ」
「非常食」
「偏りすぎだろ」
「士気が大事」
「否定しづらい」
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「行くよ」
リナが席に座る。
「ああ」
推進炉起動。
低い振動。
結晶帆が光を受けて広がる。
地面が離れていく。
歓声が遠ざかる。
アストラ層の街並みが小さくなる。
新しい空へ、船は昇っていった。
⸻
雲を抜ける。
さらに上へ。
空気が薄くなるが、船内の循環は安定していた。
「……ほんとに来ちゃったね」
リナが窓の外を見る。
そこには。
青い空の上に、漆黒の海が広がっていた。
星々が近い。
世界が丸く見える。
「……すげぇ」
今度は俺の語彙が消えた。
「ほら」
リナが笑う。
「私のこと言えない」
⸻
その時。
前方の星が強く明滅する。
信号の発信源。
近づくにつれ、それが星ではないと分かった。
巨大な人工物。
輪のような構造体が、宇宙空間に浮かんでいる。
壊れかけ、静かに回転しながら。
「……遺跡?」
「たぶん」
リナの声が少し震える。
「しかも、誰かいる」
「気配か?」
「ううん」
一拍。
「助けを求めてる」
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輪状構造体の一部が開く。
誘導灯のように、青い光が点滅した。
“こちらへ”。
そう言っているようだった。
「……どうする?」
リナが聞く。
少しだけ笑う。
「決まってる」
操舵輪を握る。
「寄港だ」
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星の外に浮かぶ、誰かの遺した港。
新しい冒険が、また始まる。
⸻
――第97話へ続く――




