第95話 青空の祝祭――世界が開く日
朝だった。
本物の朝。
地下世界アストラ層にとって、それは伝説の中だけにあったものだ。
新しく生まれた空は、淡い青から黄金色へゆっくり色を変えていく。
天蓋結晶が模倣していた光とは違う。
柔らかく、あたたかく、触れれば心までほどけるような光だった。
「……すごいね」
リナが広場の中央で空を見上げる。
風が髪を揺らした。
「まぶしい」
「文句か?」
「褒めてる」
―――
街のあちこちから歓声が上がる。
泣きながら笑う者。
両手を広げて光を浴びる子供たち。
土に膝をつき、祈る老人たち。
ずっと閉ざされた空の下で生きてきた人々にとって、これは勝利以上の奇跡だった。
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「アルク殿!」
カヤが駆けてくる。
昨日まで槍を向けてきた隊長は、今日は妙に素直な顔をしていた。
「広場に来てください」
「断ったら?」
「担いで連れていきます」
「物騒だな」
「英雄には覚悟が必要です」
「誰が英雄だ」
「あなたです」
即答だった。
リナが笑う。
「諦めなよ」
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広場には、人が溢れていた。
市場の屋台まで総出で並び、花や果実が積み上げられている。
即席の祭りだ。
セレアまで地上から来ていた。
枝上都市ラティスとアストラ層の代表たちが並んでいる。
「……合同で歓迎されてるね」
リナが小声で言う。
「面倒そうだな」
「その顔やめなよ」
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セレアが一歩前へ出る。
「本日をもって、ラティスとアストラ層の断絶は終わります」
ざわめき。
続いてカヤが声を張る。
「私たちは捨てられていたのではなかった」
「守られていた」
「そして今、自分たちの足で再び繋がる!」
歓声が爆発した。
―――
閉ざされた歴史が、ようやくほどけていく。
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「……よかったね」
リナがぽつりと言う。
「ああ」
短く返す。
だが本心だった。
勝つことより、こういう瞬間の方がずっと価値がある。
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その後、俺たちは無理やり壇上へ上げられた。
花輪をかけられ、果実酒まで持たされる。
「似合わないね」
「お前もな」
リナは白い花冠を頭に乗せられていた。
妙に似合っていて腹が立つ。
「何その顔」
「別に」
「思ってること顔に出てるよ」
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住民たちが次々と礼を言いに来る。
「畑が戻りました!」
「灯りが消えなくなった!」
「子供が空を描いてるんです!」
「ありがとうございます!」
―――
まっすぐすぎる感謝は、少し照れる。
「……慣れないな」
「追放された元宮廷錬金術師さん?」
「その肩書きやめろ」
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昼になる頃には、街全体が宴会になっていた。
焼いた肉。
見たことのない果物。
発酵させた甘い飲み物。
地下世界の料理は意外とレベルが高い。
「これうまい」
「でしょ?」
リナが得意げに言う。
「お前が作ったみたいに言うな」
「評価したの私だから半分私の手柄」
意味が分からない。
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ひとしきり騒ぎが落ち着いた夕方。
俺とリナは街外れの丘へ来ていた。
見下ろせば、新しい空の下で灯り始める街並み。
遠くには世界樹の枝が見える。
上と下、二つの世界が繋がった景色だった。
「……綺麗」
リナが隣で呟く。
「ああ」
「こういうの、増やしたいね」
「何を」
「閉じてたものが開く瞬間」
―――
少しだけ笑う。
「大仕事だな」
「でも、あなた好きでしょ?」
「まあな」
否定はできない。
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その時だった。
空の高い場所。
まだ誰も慣れていない本物の星空の中で、一つの星が強く脈打った。
明滅ではない。
規則的な信号。
「……見た?」
「ああ」
リナの表情が変わる。
真剣な顔。
「呼んでる」
「誰が」
一拍。
「空の外から」
―――
風が吹く。
新しい空が、さらにその先へ続いていることを知らせるように。
「……休ませてくれないな」
俺はため息をつく。
リナが笑う。
「でも行くでしょ?」
少しだけ考えるふりをする。
そして肩をすくめた。
「飯食ってからな」
「それ好きだね」
「大事だろ」
「うん。大事」
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二人で並んで丘を下る。
背後では、星がなおも瞬いていた。
世界の外から。
次の物語の合図のように。
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――第96話へ続く――




