第94話 空の王、墜つ時――新しい空の芽
夜が流れ込む。
裂け目から溢れた黒い闇が、地下世界アストラ層の空を覆っていく。
灯りは消え、風は凍り、街の色が奪われた。
人々の息が白くなる。
畑の作物が萎れ、樹木が枝を垂れた。
「……趣味悪いね」
リナが種子を抱えたまま言う。
「美意識終わってる」
「同感だ」
俺――アルクは一歩前へ出る。
「派手さだけなら認めるが」
⸻
空の王が笑う。
無数の口が空中に浮かび、重なり合うように声を発した。
『恐れよ』
『凍えよ』
『支配こそ安定』
「毎回それ言うな」
「テンプレ王様だ」
リナが呆れた顔をする。
『小さきもの』
『自由は破滅を招く』
『選択は争いを生む』
「でも」
リナが真っ直ぐ見上げる。
「あなた、楽しそうじゃない」
空気が止まった。
⸻
王の輪郭がわずかに揺れる。
図星だった。
「一人で全部決めるやつって、大体退屈してるよね」
「経験談みたいに言うな」
「最近いっぱい見た」
確かに。
⸻
『黙れ』
闇が槍となって降る。
数百、数千。
街全体を貫く勢い。
「アルク!」
「任せろ!」
―――
両手を広げる。
錬金術、都市規模展開。
建物の壁、橋、塔、地中の鉱脈。
全素材を接続。
「守れ」
街の上に巨大な透明障壁が形成される。
闇槍が雨のように叩きつけられる。
轟音。
だが一歩も通さない。
住民たちが息を呑んだ。
「防いだ……!」
「まだいける!」
カヤが叫ぶ。
「灯りを消すな! 火を集めろ!」
⸻
リナが笑う。
「ほんと便利だね、その力」
「惚れ直したか?」
「調子乗るから半分だけ」
「半端だな」
⸻
空の王が翼を広げる。
裂け目がさらに拡大。
今度は“吸引”が始まった。
街の光、熱、音。
あらゆる活力が空へ吸われる。
「……っ」
障壁越しでもきつい。
「アルク、純粋出力じゃ負ける!」
「分かってる!」
なら、別の土俵だ。
⸻
「リナ、種!」
「うん!」
二人で種子へ手を重ねる。
温かな鼓動。
世界樹の流れ。
街の植物の息吹。
住民たちの願い。
全部が集まってくる。
「これ……」
リナが目を見開く。
「空、作れる」
「ならやるぞ」
⸻
種子を掲げる。
緑金の光が天へ走った。
闇の天井へ、一本の枝が伸びる。
枝は空中で分かれ、葉を広げ、根を張るように空へ広がっていく。
やがてそれは――
新しい天蓋になった。
青い光を湛えた、生きた空。
「……綺麗」
誰かが呟く。
闇が押し返される。
街へ色が戻る。
温度が戻る。
風が戻る。
⸻
空の王が咆哮した。
『許さぬ』
『空は我のものだ!』
「違う」
リナが叫ぶ。
「空は誰のものでもない!」
その言葉と同時に、新天蓋が輝きを増す。
住民たちの歓声が上がる。
⸻
王が突進してくる。
巨大な顎。
裂けた夜そのもののような口。
「来た!」
「アルク、右に偽装、本命左!」
「見えた!」
―――
リナの未来読みに合わせ、空中足場を連続生成。
駆ける。
跳ぶ。
王の顎を紙一重で回避し、翼の根元へ到達。
「そこだ!」
手を置く。
「分解」
だが弾かれる。
「硬っ!」
「核は胸の内側!」
「また見えてんのか!」
「頑張ってる!」
⸻
王が身を振る。
吹き飛ばされる。
だが落ちる前に、リナが蔓を伸ばして腕を掴んだ。
「助かる!」
「あとで甘いもの二倍!」
「値上がりしてる!」
⸻
着地。
王の胸部中央に、一瞬だけ青黒い光が見える。
核。
「一秒しか開かない!」
「十分だ!」
―――
街全体へ接続。
新天蓋、世界樹の根、地下都市の灯り。
全部のエネルギーを一点へ。
「リナ!」
「今!」
王が再び口を開く。
その瞬間、未来読みで動きが固定される。
ほんの刹那。
俺は跳んだ。
一直線。
胸部へ拳を叩き込む。
「返せ」
錬金術、最大出力。
核の構造を書き換える。
奪うための器を、巡らせる器へ。
―――
王の体にひびが走る。
翼が砕ける。
無数の口が悲鳴を上げる。
『なぜだ……』
「簡単だ」
俺は言う。
「独り占めする器より、回す器の方が強い」
⸻
王は崩れた。
黒い夜となって散り、新天蓋へ吸い込まれていく。
地下世界の空に、初めて本物の青が広がった。
住民たちが泣きながら見上げる。
カヤは膝をつき、声を失っていた。
⸻
リナが隣に立つ。
「終わった?」
少しだけ考える。
そして笑う。
「たぶんな」
直後。
新しい空の向こう、さらに高い場所で星が一つ瞬いた。
見たことのない座標で。
「……いや」
肩をすくめる。
「まだ続くらしい」
リナが吹き出した。
「だと思った」
⸻
地下世界に、初めて自由な空が生まれた。
そして。
その空は、さらに外の世界へ繋がっていた。
⸻
――第95話へ続く――




