第90話 空喰い――光を奪う獣
空を泳ぐ巨体が、ゆっくりと旋回していた。
地下世界アストラ層の青白い空を、黒い影が横切る。
通過した場所から、天井の発光結晶が次々と沈黙していく。
街の灯りが消える。
畑の育成灯も落ちる。
人々の悲鳴が風に混じった。
「……なるほど」
俺――アルクは腕を組む。
「嫌われる理由は分かりやすいな」
「のんびり分析してる場合?」
隣でリナが呆れた顔をする。
「早くなんとかして」
「命令口調だな」
「お願い口調の時期は過ぎた」
「いつだよ」
―――
カヤが槍を握りしめる。
「本当にやれるのか」
「知らん」
「は?」
「やってみる」
「最悪だ……」
―――
だが、その目にはわずかな期待があった。
追い詰められた者の目だ。
「下がってろ」
「邪魔されると面倒だ」
「言い方!」
リナに小突かれる。
⸻
空喰いがこちらへ気づく。
頭部――というより黒い穴のような口が開いた。
そこから吸引が始まる。
地面の砂、瓦礫、街灯の光まで引き寄せられていく。
「うわ」
リナが髪を押さえる。
「掃除機みたい」
「可愛げのないやつだな」
―――
俺は地面へ手をつく。
錬金術展開。
広場の石畳を変形させ、巨大なアンカーを四方へ打ち込む。
同時に周囲の人々の足元へ固定帯を伸ばした。
「掴まれ!」
住民たちが慌てて帯を握る。
吸引が強まる。
だが誰一人飛ばされない。
「……っ!」
カヤが目を見開いた。
「こんな一瞬で……」
「基礎工事は得意なんだよ」
「何者なのあなた」
「職人」
「絶対違う!」
⸻
空喰いは吸引を止めると、高度を上げた。
そして体表が光る。
「アルク」
「ああ」
「来る」
次の瞬間。
無数の黒い槍が降り注いだ。
喰った光を変換した攻撃か。
「性格悪いな」
両手を広げる。
「返す」
石畳、瓦礫、鉄片。
周囲の素材を一斉に浮かせ、空中盾へ再構築。
黒槍が激突し、爆ぜる。
だが一部が抜ける。
「リナ!」
「任せて!」
彼女が風の流れをずらす。
残った槍の軌道が逸れ、無人の路地へ突き刺さった。
「ナイス」
「もっと褒めていいよ」
「あとでな」
「雑」
⸻
「で、どう倒すの?」
リナが聞く。
「まだ見てる」
「またそれ」
―――
空喰いの体は半透明。
物理攻撃は抜ける。
だが口元の黒穴だけは密度が高い。
そこが核。
ただし近づけば吸われる。
「……面倒だな」
「楽しそうな顔してる」
「バレたか」
⸻
俺は広場中央の塔へ駆ける。
三階建てほどの見張り塔だ。
階段を蹴り上がり、頂上へ。
「アルク!?」
「少し借りる!」
塔の骨組みに手を置く。
錬金術。
塔全体を変形。
巨大な弩砲へ組み替える。
住民たちがざわめいた。
「塔が……!」
「武器になった!?」
「無断改築!」
カヤが叫ぶ。
「後で戻す!」
たぶん。
⸻
弩砲の矢には、ただの金属ではなく大量の発光結晶を組み込む。
「喰うなら喰え」
「毒入りだ」
「それ大丈夫なやつ?」
「知らん」
「雑!」
―――
空喰いが再び降下してくる。
口が開く。
吸引開始。
「今!」
弩砲発射。
轟音。
光の矢が真っ直ぐ吸い込まれていく。
そのまま空喰いの口の奥へ。
数秒の静止。
そして――
内部から暴発した。
「ォォォオオ!」
初めて悲鳴のような音が響く。
巨体が空でのたうつ。
「効いた!」
リナが拳を握る。
「まだだ」
―――
核が露出した。
黒穴の中心に、青い結晶体が見える。
「あそこか」
「届く?」
「届かせる」
⸻
俺は塔の先端から跳んだ。
「は!?」
カヤが素で声を上げる。
「飛んだ!?」
「アルクううう!」
リナの叫び。
空中で足場を生成。
連続錬成。
透明な階段を蹴り、空へ駆け上がる。
「相変わらず無茶するね!」
「知ってるだろ!」
―――
空喰いが体を振る。
黒い触手のような影が伸びる。
空中では避けづらい。
「左、次右、上!」
リナの声が飛ぶ。
流れを読んでいる。
その指示通りに跳ぶ。
触手が紙一重で掠めていく。
「助かる!」
「あとで甘いもの!」
「高い!」
「命の値段安いね!」
⸻
核へ到達。
手を伸ばす。
「いただく」
結晶へ触れた瞬間、膨大な光の流れが脳へ流れ込む。
奪われた灯り。
畑の育成光。
街の暖炉の火。
住民たちの生活そのもの。
「……食ってたの、ただの光じゃねぇな」
生活の循環エネルギーだ。
「返せ」
分解ではなく、逆流。
核の内部構造を開き、溜め込んだ光を全放出させる。
空喰いの体が裂ける。
青白い光が雨のように街へ降り注いだ。
消えていた灯りが次々と戻る。
畑も、家々も、空の結晶も再点灯する。
「……すご」
カヤが呟く。
―――
空喰いは力を失い、ゆっくりと霧散した。
最後に、鯨のような優しい鳴き声を残して。
「……あれ」
リナが空を見上げる。
「苦しんでただけかも」
「かもしれんな」
⸻
着地すると、住民たちが静まり返っていた。
数秒後。
歓声が爆発する。
「勝った!」
「空喰いが消えた!」
「光が戻った!」
「英雄だ!」
「職人だって言ったろ」
「そこじゃない!」
リナが笑いながら叩いてきた。
⸻
だが、その時。
空のさらに高い場所。
天蓋結晶の向こう側に、巨大な黒い亀裂が走った。
誰より先に、俺とリナが気づく。
「……アルク」
「ああ」
さっきの一体で終わりじゃない。
むしろ。
「本体が来るな」
―――
地下世界の空が、ゆっくりと割れ始めていた。
⸻
――第91話へ続く――




