第88話 古き守護者――継ぐ者の試練
地下湖の水面が荒れ狂う。
黒い波が柱のように立ち上がり、天井の根を叩いた。
轟音。
その中心で、蛇竜は悠然と鎌首をもたげている。
黄金の瞳が、俺――アルクを真っ直ぐ見据えていた。
『来い』
ただ一言。
それだけで、空気が張り詰める。
「上からだな」
俺は肩を回す。
「嫌いじゃない」
リナが横で笑った。
「ほんとそういうとこ変わらない」
⸻
蛇竜が消えた。
「……っ!」
巨体に似合わぬ速度。
横から尾撃。
「アルク、伏せて!」
即座に身を沈める。
頭上を尾が通り過ぎ、背後の岩壁が丸ごと吹き飛んだ。
「今の挨拶かよ」
『ぬるい』
蛇竜が鼻を鳴らす。
―――
次は正面。
顎が迫る。
噛み砕く気満々だ。
「分解」
錬金術を発動。
だが牙に触れた瞬間、術式が弾ける。
「またか」
『古き契約に守られている』
「便利な言葉だな、それ」
―――
横へ転がって回避。
着地と同時に床へ手を置く。
「なら周りごと使う」
岩盤をせり上げ、巨大な杭を形成。
下から蛇竜の腹部を狙う。
直撃。
だが、鱗に火花を散らしただけだった。
「……硬すぎる」
『柔い』
「うるせぇ」
⸻
リナが一歩前へ出る。
目を閉じる。
「アルク、こいつ……攻撃してるんじゃない」
「は?」
「見てる」
一拍。
「反応を」
―――
その言葉の直後、蛇竜が動きを止めた。
黄金の瞳が細まる。
『娘、よく聞こえるな』
「まあまあ」
『ならば理解しろ』
湖面に魔法陣のような紋様が広がる。
次の瞬間、無数の黒い影が水中から飛び出した。
狼、鳥、人型、虫。
さっきまで戦った魔獣たちに似ている。
「……再現体か」
『この地に現れた災いの残滓だ』
『継ぐ者なら、どう扱う』
―――
「倒せってこと?」
リナが聞く。
『浅い』
蛇竜の声が冷える。
『それしかないなら失格だ』
―――
「……なるほど」
俺は笑う。
「試験官タイプか」
⸻
再現体たちが一斉に襲いかかる。
鳥型が急降下。
狼型が足元へ。
人型は後方から術式らしき光弾。
「面倒なミックスだな」
「アルク!」
「分かってる」
―――
まず狼型の進路だけ変える。
床を斜めに隆起させ、鳥型へぶつける。
二体衝突。
続けて光弾には壁を作らず、空間の角度だけわずかに曲げる。
弾道が逸れ、虫型へ命中。
「おお」
リナが声を上げる。
「壊さず利用した」
「全部倒すのは効率悪い」
「今それ言う?」
―――
残る人型が術式を編み直す。
その構造を読む。
未完成。
なら。
「組み替える」
錬金術で術式の一部を反転。
光弾が拘束帯へ変質し、人型自身を縛り上げた。
『……ほう』
蛇竜が初めて感心した声を出す。
⸻
だが、湖面が再び揺れる。
今度は巨大な影。
甲虫型が十体以上。
「数で来たね」
「嫌な試験官だ」
『問題は続く』
『世界は一つの災いで終わらぬ』
―――
リナが種子を抱えたまま、ふっと笑う。
「アルク」
「ん?」
「これ、力試しじゃない」
「だろうな」
「選び方を見てる」
―――
その言葉で、全部繋がる。
ただ強い者ではない。
継ぐ者。
つまり。
「守る者か」
⸻
甲虫群が街へ向かう軌道で走り出す。
この地下から地上へ抜ける穴へ。
「……性格悪いな」
『現実だ』
蛇竜は言う。
『お前一人では、全てに届かぬ』
―――
俺は舌打ちする。
その通りだ。
だが。
「一人じゃない」
隣を見る。
リナが笑っていた。
「やっと言った」
⸻
「リナ、街側頼めるか」
「当然」
「無茶すんなよ」
「そっくり返す」
―――
彼女が走る。
流れを読み、最短で穴へ向かう甲虫群の先へ回り込む。
俺は残りを受け持つ。
床、柱、湖面、根。
この空間すべてを素材に変える。
「創る」
無数の拘束杭が甲虫群を貫き、動きを止める。
だが三体が突破。
「アルク!」
「分かってる!」
リナの声と同時に、俺は天井の根を切り離す。
落下した巨根が通路を塞ぎ、突破組を閉じ込めた。
「ナイス」
「言うと思った」
⸻
静寂。
再現体たちが霧のように消えていく。
蛇竜が長く息を吐いた。
『及第点』
「上からだな、やっぱり」
『当然だ』
―――
蛇竜の視線が、リナの持つ種子へ落ちる。
『鍵は、力ある者に渡されるのではない』
『繋げる者へ渡される』
リナが小さく目を見開く。
「私?」
『お前もだ』
―――
その瞬間。
種子が強く光った。
地下湖全体に緑の波紋が走る。
封印台座のさらに奥、今まで見えなかった壁面が割れ、巨大な門が姿を現す。
古代文字が刻まれている。
「……まだ奥があるのか」
『本番はここからだ』
蛇竜が低く笑った。
『我は門番に過ぎぬ』
「は?」
リナが素で声を漏らす。
『根の底には、“捨てられた空”が眠る』
空気が凍る。
「……また面倒そうだな」
『最高にな』
蛇竜の黄金の瞳が細まった。
『継ぐ者よ』
『次は、世界そのものがお前を試す』
⸻
門がゆっくり開き始める。
その向こうから、青白い光と冷たい風が吹き込んだ。
地下のさらに奥。
そこに“空”がある。
⸻
――第89話へ続く――




