第85話 聖核管理者――樹に宿る古き意志
ドクン。
ドクン。
世界樹の心臓――聖核が脈打つたび、地下空洞全体が震える。
その裂け目から現れた人影は、静かに地面へ降り立った。
白い衣。
人の形。
だが、顔には目も口も鼻もない。
なめらかな面だけがある。
「……趣味悪いな」
俺――アルクが呟く。
「顔ないの怖い」
リナも素直に頷いた。
―――
その存在は、俺たちの方へ首を向ける。
首“らしきもの”を、だが。
「侵入者確認」
「管理領域汚染率、上昇」
「排除工程を開始します」
―――
「開始します、だって」
「丁寧だね」
「やること物騒だけどな」
―――
セレアが青ざめる。
「あれは……古文書に記された“守人”」
「世界樹を維持する者……!」
「知ってるなら先に言え」
「実物が出るなんて思いません!」
それはそうだ。
⸻
守人が片手を上げる。
その瞬間。
周囲の根が一斉にうねった。
槍のように尖り、四方八方から襲いかかる。
「おっと」
一歩踏み出し、錬金術展開。
床面の根を逆に制御し、壁として持ち上げる。
激突。
轟音。
「アルク、上!」
「見えてる!」
頭上から別の根が落ちる。
跳躍して回避。
空中で体を捻り、そのまま守人の目前へ着地する。
「まずは挨拶だ」
手を伸ばす。
「分解」
―――
だが。
術式が弾かれた。
「……へぇ」
表面に薄い膜のような結界がある。
「管理者権限により拒否」
守人が答える。
「無許可干渉は受理されません」
「腹立つ言い方だな」
⸻
リナが横へ滑り込む。
「アルク、こいつ“個体”じゃない」
「何?」
「聖核と繋がってる」
一拍。
「この空間全部が本体」
―――
なるほど。
前に戦った“空間そのものが敵”に近い。
ただし今回は、この世界樹限定だ。
「つまり根っこ切れば怒るタイプか」
「たぶんかなり」
「分かりやすい」
⸻
守人の周囲に光輪が浮かぶ。
そこから無数の木片が射出された。
弾丸の速度。
「速っ!」
リナが身を翻し回避する。
一本が壁に刺さる。
その瞬間、周囲に根が増殖し、壁面を覆った。
「着弾点から増えるのか」
「嫌な能力!」
―――
「なら撒かせなきゃいい」
床を叩く。
「構造変換」
根の流れを一瞬だけ逆転させ、弾丸の軌道上に吸着床を生成。
飛来した木片が沈み込み、封じられる。
「ナイス」
「褒めるの早い」
「早い方が伸びるでしょ」
「誰目線だ」
⸻
守人が初めて、わずかに動きを止めた。
「……想定外個体確認」
「再評価します」
「評価とかいいから会話しろ」
俺は肩をすくめる。
「なんで暴れてる」
「この街を守る存在なんだろ」
―――
数秒の沈黙。
やがて守人は答えた。
「世界樹生命循環機構に異常発生」
「外部因子流入」
「可能性汚染確認」
―――
リナと目が合う。
「……終点壊した余波だね」
「ああ」
閉じた世界が開き、他の可能性が流れ込んだ。
この世界樹にとっては“バグ”だ。
「排除による安定化を実施」
守人が続ける。
「都市住民三割削減予定」
「待て」
「なんでそうなる」
「負荷軽減のため」
「雑すぎるだろ」
―――
セレアが震える声で叫ぶ。
「私たちは、この樹と共に生きてきました!」
「なぜ切り捨てるのです!」
守人は感情なく答える。
「個体群維持より機構維持を優先」
「それが設計思想です」
―――
「……気に入らねぇな」
俺は前へ出る。
「世界のために人を削る、か」
「前にも見た理屈だ」
リナが静かに隣へ並ぶ。
「今回も壊す?」
「必要ならな」
⸻
守人の周囲に、今度は巨大な根の輪が形成される。
空洞全体を埋めるほどの質量。
「最終防衛工程、開始」
「侵入者排除」
「住民再編」
「うわ、全部まとめてきた」
リナが苦笑する。
「効率派だね」
「嫌いなタイプだ」
―――
輪が落ちてくる。
逃げ場なし。
「アルク!」
「任せろ」
両手を広げる。
錬金術、広域展開。
「創る」
床、壁、天井。
空洞全体の根の流れへ干渉する。
世界樹そのものに、逆方向の鼓動を与える。
ドクン――!
聖核の脈動が乱れた。
巨大な根の輪が空中で止まる。
「……管理信号、競合」
守人の声が初めて乱れる。
「権限衝突」
「知らねぇよ」
俺は笑う。
「住んでる奴らの意思も、樹の声も無視して」
「一人で管理者気取ってんじゃねぇ」
―――
その瞬間。
リナが目を閉じた。
「アルク!」
「この樹、まだ生きてる!」
「守人に従ってるんじゃない!」
「抑え込まれてる!」
―――
空気が変わる。
なるほど。
こいつは管理者じゃない。
“乗っ取ってる側”だ。
「聞いたか、偽物」
守人の仮面がわずかに軋む。
「訂正要求」
「私は正式管理個体」
「却下だ」
―――
踏み込む。
守人が根の槍を放つ。
だがもう見えている。
リナの指示が飛ぶ。
「左、次に下、三歩前!」
「了解!」
すべて最短で避ける。
懐へ入る。
「今度は通す」
聖核の鼓動に合わせ、守人の結界周期へ干渉。
一瞬だけ膜が薄れる。
そこへ手を置く。
「分解」
―――
守人の胸部が崩れ、内部から光る核が露出した。
「損傷確認」
「非常停止……」
「……まだ終わってない!」
セレアが叫ぶ。
聖核全体が赤く染まり始めていた。
「自爆工程に移行しています!」
「最後まで迷惑なやつだな」
俺は舌打ちする。
リナが息を呑む。
「アルク」
「うん」
「本体、起こそう」
―――
この世界樹そのものを。
眠らされた“本当の意志”を。
⸻
――第86話へ続く――




