第84話 根の下――世界樹の鼓動
夕暮れ前。
枝上都市ラティスの中央広場には、慌ただしい空気が流れていた。
倒れた建物の修復、負傷者の手当て、住民たちの避難誘導。
それでも街は不思議と落ち着いている。
長くこの危機に晒されてきたのだろう。
混乱の中にも、秩序があった。
「……強い人たちだな」
俺――アルクが呟く。
「うん」
リナも頷く。
「怖がってるけど、諦めてない」
―――
その時、セレアが戻ってきた。
背後には数人の護衛らしき者たち。
全員が弓や槍を持ち、真剣な顔をしている。
「準備が整いました」
「案内します」
「助かる」
―――
俺が答えると、セレアは少し迷ってから口を開いた。
「……本来なら、外部の方を聖域へ入れることはありません」
「ですが」
一拍。
「あなた方は、街を救ってくれた」
「今は頼らせてください」
―――
その言葉は重かった。
ただの依頼じゃない。
信頼だ。
「任せろ」
短く答える。
それで十分だった。
⸻
世界樹の内部へ入る道は、幹の奥にあった。
木の扉が左右に開くと、中には螺旋状の通路が続いている。
「……木の中とは思えないな」
壁面は滑らかで、ほのかな光を放っていた。
年輪のような模様が脈打つように明滅している。
まるで生きた建造物だ。
「この樹、ほんとに生きてるんだね」
リナが壁に触れる。
その瞬間、壁がわずかに明るくなった。
「……反応した?」
「歓迎されたとか?」
「都合いい解釈だな」
―――
セレアが振り返る。
「世界樹は、意志を持つと伝えられています」
「選ばれた者には道を示し、災いには閉ざすと」
「へぇ」
リナが少し嬉しそうに笑う。
「今の、選ばれたってことでいい?」
「知らん」
⸻
地下へ降りるにつれ、空気が変わっていった。
湿っている。
だが不快ではない。
むしろ、深い森の中にいるような静けさだった。
やがて最下層に辿り着く。
そこには巨大な空洞が広がっていた。
「……これは」
思わず息を呑む。
世界樹の根が、幾重にも絡まり合いながら空間全体を埋め尽くしている。
一本一本が塔のように太い。
その根の間を、青白い液体が川のように流れていた。
「樹液……?」
「生命流体です」
セレアが答える。
「この世界の命を循環させるもの」
―――
リナと顔を見合わせる。
ただの植物じゃない。
これは。
「……世界機関だな」
「うん」
世界そのものを支える装置に近い。
⸻
その時だった。
ズン――と低い振動が響く。
根が軋み、液体の川に波紋が走る。
「来ます!」
セレアが叫ぶ。
次の瞬間、根の隙間を破って黒い影が飛び出した。
「また虫か!」
だが、今度は違う。
狼に似た四足獣。
全身が黒い殻で覆われ、目だけが赤く光っている。
三体。
いや、奥にもまだいる。
「増えてるね」
リナが一歩前に出る。
「数で来る気だ」
「じゃあ一気に片付ける」
―――
最初の一体が飛びかかる。
速い。
だが。
「遅い」
床の根を隆起させ、軌道を逸らす。
そのまま壁へ激突。
二体目が横から来る。
「アルク、左!」
「分かってる!」
リナの声に合わせ、身を沈める。
上を爪が通り過ぎる。
その懐へ潜り込み、腹部へ手を当てる。
「分解」
内部構造だけを崩し、沈黙させる。
―――
残りの群れが一斉に迫る。
「リナ!」
「任せて!」
彼女が目を閉じる。
空間の“流れ”を読み、一瞬先の動きを捉える。
「三秒後、右から集中!」
「了解」
根の壁を展開。
群れがそこへ殺到し、絡まるように足を止める。
「今!」
「まとめて終わりだ」
錬金術を広域展開。
足元の根を拘束具へ変え、敵を縛り上げる。
そのまま構造崩壊。
黒獣たちは次々と沈んでいった。
⸻
静寂が戻る。
だが。
「……まだ終わってない」
リナが奥を見る。
俺も感じていた。
この魔獣たちは“漏れてきた”だけだ。
本体はもっと深い場所にいる。
―――
根の中央。
巨大な根塊が、鼓動のように脈打っている。
ドクン。
ドクン。
「……あれか」
セレアの顔色が変わる。
「そんな……聖核が……」
「聖核?」
「世界樹の心臓です」
その声は震えていた。
「本来、穏やかに脈打つだけのもの」
「ですが今は……暴走しています」
―――
リナが目を細める。
「違う」
「暴走じゃない」
「誰かに“起こされてる”」
空気が変わる。
「……誰かいるのか」
「うん」
一拍。
「中に」
―――
その瞬間、聖核の表面が裂けた。
中から現れたのは、人影。
白い衣。
長い髪。
そして、目のない顔。
「……侵入者確認」
機械のような声が響く。
「管理工程、再起動中」
―――
思わず笑う。
「また面倒な単語が出たな」
リナが肩をすくめる。
「アルク」
「ん?」
「たぶん、また当たり引いた」
「ああ」
少しだけ口角が上がる。
「嫌いじゃない」
⸻
世界樹の心臓部。
そこに眠っていたのは、この世界を“管理する何か”だった。
⸻
――第85話へ続く――




