第83話 紫の空の国――枝上都市の悲鳴
紫色の空の下、草原を駆ける。
足元の草はやわらかく、踏むたびに淡い光を散らした。
「……綺麗だけど、落ち着かない景色だな」
俺――アルクが呟くと、隣を走るリナが笑う。
「すぐ慣れるよ」
「慣れたくない色ってあるだろ」
「偏見」
―――
先導する銀色の魚は、空中を泳ぎながら忙しなく尾を振っている。
『はやく』
『もうすぐ』
『たいへん』
「語彙増えないな」
『しつれい』
「増えてた」
―――
草原を抜けると、巨大な樹木が目前に現れた。
見上げても頂上が見えない。
幹の直径だけで城壁ほどある。
その枝の上に、街が築かれていた。
木と石と透明な素材で組まれた建物群。
枝から枝へ橋が伸び、人々が慌ただしく走っている。
「……すげぇな」
「樹上都市だ」
リナの目が輝く。
―――
だが。
感心している場合ではなかった。
街の一角から黒煙が上がっている。
何かが壊れ、悲鳴が風に乗って届いた。
『あれ!』
魚が体当たりするように急かす。
『あれ、こまる!』
「見りゃ分かる」
―――
俺は幹に手を当てる。
構造把握。
内部の導線、樹液の流れ、空洞の位置。
「……登れる」
「普通に階段使えば?」
「最短だ」
「そういうとこあるよね」
―――
錬金術を展開。
幹の表面がせり出し、螺旋状の足場が一気に形成される。
「行くぞ」
「うん!」
二人で駆け上がる。
⸻
枝上都市は混乱していた。
広場に着いた瞬間、その理由が分かる。
「……虫?」
巨大な甲虫のような生物が三体、暴れていた。
全長は馬車ほど。
黒い殻に紫の筋が走り、口から煙を吐いている。
建物をなぎ倒し、人々が逃げ惑っていた。
「うわ、見た目最悪」
リナが顔をしかめる。
「同感だ」
―――
そのうち一体が、泣き叫ぶ子供へ向きを変える。
「アルク!」
「分かってる」
―――
一歩踏み込む。
錬金術、即時展開。
地面の板材が跳ね上がり、壁となって子供を守る。
甲虫が激突。
鈍い音。
壁に亀裂が走る。
「硬いな」
「私がやる!」
―――
リナが前に出る。
目を閉じ、一瞬で“流れ”を読む。
「右脚、次に浮く!」
「了解」
甲虫が動く直前、俺は脚元の床材を液状化させた。
ずぶり、と脚が沈む。
体勢が崩れる。
「今!」
「分解」
殻の継ぎ目へ錬金術を通す。
内部構造だけを崩し、甲虫はその場で崩れ落ちた。
―――
「あと二体!」
リナが叫ぶ。
残りの二体は、こちらを敵と認識したらしい。
同時に突進してくる。
「仲いいな」
「感心してる場合!」
―――
左右から挟撃。
普通なら避け場はない。
だが。
「枝ごと使う」
都市を支える太枝へ干渉。
床面が隆起し、巨大な傾斜となって二体の軌道を逸らす。
そのまま互いに激突。
凄まじい衝撃音。
「ナイス」
「まだ終わってない」
―――
一体が立ち上がり、口を大きく開く。
熱。
「ブレス系かよ」
紫色の火炎が放たれる。
「リナ!」
「任せて!」
―――
リナが両手を広げる。
空気の流れが変わる。
炎の進路がわずかに逸れ、上空へ流される。
「今度は私がナイスでしょ」
「認める」
―――
最後の一体へ駆ける。
俺が前、リナが後ろ。
「三歩後に跳ぶ!」
「了解!」
指示通り跳躍。
その下を甲虫の尾が薙ぐ。
空中で体勢を整え、そのまま背へ着地。
「悪いな」
殻に手を置く。
「中身だけ壊す」
分解。
甲虫は痙攣し、そのまま沈黙した。
―――
静寂。
広場にいた人々が、恐る恐るこちらを見る。
次の瞬間。
歓声が上がった。
「助かった……!」
「誰だあの二人!?」
「空魚様のお客人だ!」
「魚、様なんだ……」
リナが小声で呟く。
『えへん』
魚が胸を張った。胸あるのか知らないが。
⸻
ほどなくして、都市の代表らしき女性が現れた。
長い耳、淡い緑の髪。
樹皮を編んだような衣装を纏っている。
「私は枝上都市ラティスの長、セレアと申します」
丁寧に頭を下げた。
「助力、感謝します」
「気にしないでくれ」
「困ってるって言われただけだし」
リナが魚を見る。
『えへん』
二回目だ。
―――
セレアの表情はすぐに曇った。
「ですが、問題は終わっていません」
「……あれが続くのか?」
「はい」
一拍。
「最近、“根の下”から魔獣が湧きます」
「根の下?」
―――
彼女は巨大樹の中心を指した。
「この世界樹の地下深くです」
「本来、聖域であり、誰も近づけぬ場所」
「ですが今、何かが目覚めています」
―――
リナと目が合う。
二人とも同じことを感じていた。
ただの魔獣騒ぎじゃない。
世界の歪み。
あるいは、別の可能性の流入。
「……行くか」
「うん」
即答だった。
―――
セレアが驚いた顔をする。
「危険です」
「知ってる」
「でも放っておけない」
リナが笑う。
―――
俺も肩をすくめる。
「そういう性分なんだ」
―――
遠く、世界樹の根元から低い振動音が響く。
まるで心臓の鼓動のように。
新しい世界。
新しい街。
新しい異変。
そして。
また面倒事だ。
―――
少しだけ笑う。
「悪くない」
⸻
――第84話へ続く――




