第81話 終わったあとの朝――それでも世界は続く
朝日が差し込む。
やわらかな光が、窓辺に置かれた瓶を照らしていた。
透明なガラスの中で、水がきらめく。
「……朝か」
俺――アルクはゆっくり目を開ける。
―――
静かだ。
だが。
心地いい静けさだった。
―――
隣から、小さな寝息が聞こえる。
「……まだ寝てるか」
視線を向ける。
―――
リナが、毛布にくるまって丸くなっていた。
いつもより少し幼く見える寝顔。
髪が頬にかかっている。
「……」
少しだけ手を伸ばし、その髪をどける。
すると。
「……ん」
小さく声を漏らし、リナが目を開けた。
―――
「……おはよ」
寝ぼけた声。
―――
「おはよう」
―――
数秒、ぼんやりとこちらを見つめて――
「……近い」
「そうか?」
「近い」
そう言いながら、リナは少しだけ笑う。
―――
「起きるか」
「……まだやだ」
毛布を引っ張る。
「おい」
「今日は世界救わなくていいでしょ」
その一言に、思わず笑った。
―――
「確かにな」
―――
戦いは終わった。
終点も消えた。
世界は、誰かに決められる場所じゃなくなった。
―――
だから今は。
こういう朝がある。
―――
「五分」
リナが言う。
「十分だ」
「五分」
「……分かったよ」
―――
そのまま、もう一度横になる。
リナが自然に寄ってくる。
肩に額を預けるようにして、目を閉じた。
「……平和だね」
「だな」
「変な感じ」
「何が」
「ずっと何かに追われてたから」
―――
その言葉に、少しだけ考える。
確かにそうだった。
追放されて。
辺境に来て。
街を作って。
世界と戦って。
終点すら壊した。
―――
「……でも」
リナが小さく言う。
「今のほうが好き」
―――
「俺もだ」
―――
そのまま、しばらく黙っていた。
言葉なんていらない時間だった。
⸻
朝食の匂いが漂い始める頃、ようやく二人で起きた。
家の外に出ると、エルドラはすでに動き出している。
商人たちの声。
荷車の音。
パン屋の焼ける匂い。
子供たちの笑い声。
―――
「……やっぱこれだな」
リナが伸びをしながら言う。
「世界の果てより、パンの匂い」
「俗っぽいな」
「大事でしょ」
「まあな」
―――
通りを歩くと、見知った顔が次々と声をかけてくる。
「アルクさん! 新しい水路、すごいです!」
「リナさん、また講習会お願いします!」
「昼に市場来てくださいよ!」
―――
「人気者だな」
「アルクこそ」
「俺は面倒事担当だ」
「それ人気者じゃん」
―――
笑いながら進む。
この街は、もう誰か一人のものじゃない。
みんなの街だ。
それが嬉しかった。
⸻
中央広場に着くと、ロイドが腕を組んで立っていた。
「遅ぇ」
「朝だぞ」
「もう昼前だ」
「細かいな」
―――
セリナが隣で笑っている。
「平和ボケしてんじゃねぇの?」
「いいことだろ」
「まぁな」
―――
ミレイアとエリシアもやってくる。
「報告があるわ」
ミレイアが言う。
「また何か壊れたか?」
「逆」
一拍。
「“何かが生まれた”」
―――
空気が少し変わる。
「……どういう意味だ」
エリシアが資料を差し出す。
そこには、街の外れの観測記録が並んでいた。
“存在しないはずの地形”
“昨夜突然現れた泉”
“誰も見たことのない植物群”
―――
「……新しい世界の余波か」
俺は呟く。
―――
終点を壊したことで、世界は閉じなくなった。
なら当然、可能性は流れ込む。
―――
「危険なの?」
リナが聞く。
「まだ分からない」
エリシアが答える。
「でも、未知ではある」
―――
未知。
その言葉に、胸が少しだけ高鳴る。
⸻
昼過ぎ。
俺とリナは街外れへ向かった。
報告のあった泉。
そこは確かに、昨日まで何もなかった場所だ。
それが今は、透き通る水を湛えた小さな泉になっている。
周囲には、青白く光る草が揺れていた。
「……綺麗」
リナがしゃがみ込み、水面を覗く。
―――
「触るなよ」
「子供扱いしないで」
そう言いながら、指先で水に触れる。
波紋が広がった。
―――
その瞬間。
空に、小さな光が走る。
「……っ」
俺もリナも同時に見上げる。
―――
一筋の線。
流星のようで、違う。
意思を持って動く光。
―――
「……アルク」
「ああ」
―――
まだ終わっていない。
だが。
もう恐れはなかった。
―――
「行く?」
リナが笑う。
―――
少しだけ笑い返す。
「飯食ってからな」
「それ大事」
―――
二人で並んで歩き出す。
背後で、泉の水が静かにきらめいていた。
世界は続く。
平和も。
未知も。
日常も。
冒険も。
全部まとめて、これからだった。
⸻
――第82話へ続く――




