第34話 壊すための力と、守るための力
異変は、夜明け前に起きた。
「――来ます」
見張りの声が、低く響いた。
エルドラ北方。
霧の向こう。
“それ”は、ゆっくりと現れた。
「……なんだ、あれ」
セリナが呟く。
リナが息を呑む。
ロイドが顔を歪める。
「……嘘だろ」
巨大だった。
人の背丈を遥かに超える影。
鉄で覆われた外殻。
鈍く光る魔導核。
「……魔導兵器か」
俺――アルクは静かに言った。
「しかも古代式」
一拍。
「厄介だな」
―――
クロードは、ついに切り札を出してきた。
「“制圧型魔導巨兵”」
ミレイアが低く言う。
その声に、わずかな緊張が混じる。
「……本気すぎるでしょ」
セリナが笑う。
「いいな」
「こういうの、嫌いじゃねぇ」
「俺は嫌いだ」
ロイドが即答する。
リナが俺の腕を掴む。
「アルク……」
その手は少し震えていた。
「大丈夫だ」
俺は短く言う。
「止める」
―――
巨兵が動く。
一歩。
地面が揺れる。
二歩。
空気が重くなる。
三歩。
圧が来る。
「……これ、街に入られたら終わるぞ」
ロイドが言う。
「だな」
セリナが前に出る。
「止めるか?」
「いや」
俺は首を振る。
「俺がやる」
沈黙。
全員がこちらを見る。
「……一人でか?」
「一人でいい」
リナが強く腕を掴む。
「危ない!」
「分かってる」
一拍。
「でもな」
リナを見る。
「守るって言っただろ」
その言葉で、リナは何も言えなくなった。
ただ、強く掴む。
「……無茶しないで」
「しない」
―――
前に出る。
巨兵との距離が縮まる。
圧が強い。
普通なら、立っているだけで崩れる。
だが――
「……なるほど」
観察する。
構造。
流れ。
核。
全部見える。
「単純だな」
一歩踏み込む。
錬金術式展開。
だが――
いつもと違う。
規模が違う。
密度が違う。
「……なんだこれ」
セリナが呟く。
空気が変わる。
空間が歪む。
「これが……」
ミレイアが目を細める。
「本気」
―――
巨兵が腕を振り上げる。
振り下ろす。
その瞬間。
「遅い」
俺は静かに言った。
地面が変わる。
流れが変わる。
重力が歪む。
巨兵の動きが“ズレる”。
「なっ……!?」
ロイドが声を上げる。
「制御してるのか……!?」
「違う」
セリナが笑う。
「支配してる」
―――
さらに一歩。
巨兵の前に立つ。
圧が最大になる。
普通なら死ぬ。
だが。
「構造、把握」
一瞬。
「分解する」
――錬金術式、解放。
光が爆発する。
巨兵の外殻が“ほどける”。
鉄が崩れる。
魔導核が露出する。
「……終わりだ」
一言。
核が砕ける。
静寂。
そして。
巨兵は、崩れた。
完全に。
―――
沈黙。
風だけが吹く。
「……マジかよ」
ロイドが呟く。
セリナが笑う。
「やべぇな」
ミレイアは静かに言う。
「……規格外」
リナは。
何も言えなかった。
ただ――
走る。
「アルク!」
そのまま、抱きつく。
強く。
思い切り。
「……よかった」
声が震えている。
「ほんとに……」
一拍。
「無事で」
俺は少しだけ笑う。
「大げさだな」
「大げさじゃない!」
そのまま、離れない。
完全に抱きついたまま。
「……バカ」
小さな声。
でも強い。
―――
その夜。
温泉。
空気が違う。
静かで、少しだけ甘い。
リナが隣に座る。
そして。
迷わず寄ってくる。
完全に密着。
「……アルク」
「ん?」
「さっきの」
少し間。
「かっこよすぎ」
素直すぎる。
「そうか?」
「うん」
そのまま。
顔が近づく。
今日は。
止まらない。
軽く。
触れる。
さっきよりも、自然に。
長く。
リナの呼吸が少し乱れる。
「……アルク」
「はい」
「もう無理」
「何が」
「好きすぎる」
直球すぎる。
少しだけ笑った。
そのまま、少しだけ。
長く。
静かな時間。
――今日は。
セリナも来ない。
―――
クロードは。
完全に敗北を理解した。
だが――
「……まだだ」
その目は、まだ死んでいなかった。




