第107話 残火の王――黒塔の主
星図室の空気が凍る。
投影された映像の中、黒い玉座に座る仮面の人物は、静かにこちらを見下ろしていた。
背後には紫星雲。
周囲には無数の光の粒――いや、魂火のような残滓が漂っている。
「……趣味悪いな」
俺――アルクが言う。
「今日それ何回目?」
リナが小さく返す。
「本音だから仕方ない」
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ルクスが震えていた。
小さな手が服の裾を掴み、光の髪が不安定に揺れる。
「……こわい」
「大丈夫だ」
俺は短く言う。
「後ろにいろ」
彼女は小さく頷いた。
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仮面の人物がゆっくり立ち上がる。
長い外套。
人型ではあるが、影の奥行きが不自然だ。
身体の中に別の空間があるような違和感。
『名乗っておこう』
『私はネメシス』
『旧文明保全執行者、最終管理個体』
「長い」
リナが即答した。
「ネメシスでいい?」
『構わぬ』
「柔軟だね」
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「保全執行者、ね」
俺は腕を組む。
「文明の残骸を吸ってるようにしか見えんが」
ネメシスはわずかに首を傾げた。
『誤解だ』
『私は保存している』
『失われる記憶、失われる技術、失われる命の痕跡』
『全て、この塔へ集めている』
「集めて喰ってるように見える」
『表現の差異だ』
「嫌いなタイプ」
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リナが前へ出る。
「ルクスを炉に閉じ込めたって言ったね」
『ああ』
『星火核は文明維持に必要だった』
『個体意思の発生は想定外だったが、実用上問題はなかった』
ルクスの肩が震える。
「……個体じゃない」
小さな声。
「ルクス」
「そうだね」
リナがしゃがんで目線を合わせる。
「あなたはあなた」
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ネメシスの仮面にひびのような光が走る。
『感情的定義は非効率だ』
『器は役割で価値を持つ』
「最近そういうやつ多いな」
俺はため息をつく。
「流行ってんのか」
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星図室全体が揺れた。
外で何か巨大なものが動いている。
ユナから通信。
『緊急報告! 墓場海域全域に重力波発生!』
『漂流残骸群が移動開始しています!』
「何だと」
観測窓へ視線を向ける。
無数の艦骸、都市片、塔の残骸。
それらすべてが、ゆっくりと黒塔方向へ回転し始めていた。
渦だ。
星海そのものが吸い寄せられている。
『来るがいい』
ネメシスの声。
『道は開いてやる』
『辿り着けるならな』
通信が切れた。
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「挑発されたね」
リナが言う。
「分かりやすくて助かる」
俺は笑う。
「行くぞ」
「もちろん」
ルクスも小さく手を挙げた。
「……いく」
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エルドラ号へ戻る。
外では墓場海域が激変していた。
巨大残骸がぶつかり合い、星屑の嵐が吹き荒れる。
静かな墓場が、一気に牙を剥いた。
「操舵任せた!」
「いつも通りね!」
リナが席へ飛び込む。
俺は甲板中央へ出る。
「船体補強!」
錬金術展開。
外殻へ残骸装甲を追加。
推進路を再編。
結晶翼を二重展開する。
エルドラ号が低く唸った。
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突入。
残骸の嵐へ飛び込む。
左から戦艦の船首。
右から塔の破片。
正面には回転する都市リング。
「普通に死ぬやつ!」
リナが叫ぶ。
「死なせるか!」
船体を滑らせる。
ギリギリで回避。
都市リングの内側をトンネルのように通り抜ける。
「楽しくなってきた!」
「顔がそう言ってる!」
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ルクスが目を閉じる。
「……みぎ、あぶない」
直後、見えない小破片群が通過した。
「ナイス!」
「えへ」
初めて少し笑った。
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だが次の瞬間。
前方の残骸群が組み上がる。
船、塔、骨格機械。
それらが融合し、巨人型の構造体へ変わった。
全長数百メートル。
片腕は砲台、片腕は刃。
頭部には旧文明の王冠のような輪。
「……盛りすぎだろ」
「ボス前中ボスって感じ」
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巨人が腕を振り下ろす。
空間ごと潰す質量。
「アルク!」
「任せろ!」
甲板へ手を置く。
エルドラ号の船首を再構築。
巨大な槍へ変形。
「突っ切る!」
正面加速。
激突の瞬間、槍が巨人の胸部コアを貫いた。
内部から連鎖崩壊。
巨人は残骸へ戻って散る。
「派手!」
「だろ」
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その先に見えた。
紫星雲の中心。
黒塔。
近づくほど異様さが増す。
塔は建築物ではない。
生き物のように脈打ち、外壁がゆっくり呼吸している。
表面には無数の顔が浮かんでは消える。
泣き顔、怒り顔、無表情。
吸われた記憶たちだ。
「……絶対嫌い」
リナが本気で言った。
「同感だ」
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ルクスが胸を押さえる。
「……なかに、いっぱい閉じ込められてる」
その一言で決まった。
「救出案件だな」
俺は肩を回す。
「壊すだけじゃ済まん」
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黒塔の頂上が開く。
巨大な眼のような砲口がこちらを向いた。
紫光が収束していく。
ネメシスの声が星海へ響いた。
『歓迎しよう』
『素材たちよ』
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「上等」
俺は笑った。
「その塔、今日で閉店だ」
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墓場海域の中心で。
旧文明の執念との戦いが始まる。
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――第108話へ続く――




