第108話 黒塔突入――記憶を喰う城
紫光が撃ち出された。
黒塔頂上の巨大砲口から放たれた一撃は、光線というより“消失”だった。
通った軌道の星屑が、音もなく消える。
「避けて!」
リナの声が裂ける。
「了解!」
エルドラ号を急旋回。
船体が軋む。
さっきまでいた空間がごっそり抉られ、背後の残骸群ごと消滅した。
「……物騒すぎる」
「歓迎って言ってたよね!?」
「歓迎の解釈違いだな」
⸻
砲口が再び光る。
連射可能らしい。
「アルク、次は三秒後!」
「ならその前に行く!」
推進炉最大。
エルドラ号は光の矢となって黒塔へ突っ込む。
第二射が放たれる直前、塔外壁へ接触。
そのまま壁面を滑走する。
紫光が背後を薙ぎ払い、星雲が裂けた。
「乗り心地最悪!」
「我慢しろ!」
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外壁には無数の顔が浮かんでいた。
叫ぶ顔。
眠る顔。
諦めた顔。
「……助けて」
かすかな声が聞こえる。
ルクスが顔を上げる。
「みんな、ここ」
「分かってる」
俺は短く答えた。
⸻
塔中腹に開口部を見つける。
口のように開いた搬入口。
「入る!」
「どうぞって感じしないけど!」
「毎回そうだ!」
⸻
内部へ突入。
暗い。
だが完全な闇ではない。
壁一面に光の筋が走り、血管のように脈打っている。
床は黒い鏡面。
天井は見えないほど高い。
「……塔っていうか生き物だね」
リナが低く言う。
「同感だ」
⸻
エルドラ号を格納し、三人で降りる。
足音が吸われるように消える。
不気味な静寂。
その時、壁面から人影が滲み出た。
老人。
子供。
兵士。
学者。
様々な姿の半透明な群れ。
「……記憶体」
ルクスが呟く。
彼らは口々に言う。
「帰りたい」
「続けてくれ」
「忘れないで」
「終わらせて」
―――
リナが息を呑む。
「これ全部……」
「ああ」
俺は奥歯を噛む。
「素材じゃない」
「人だ」
⸻
拍手が響く。
上階の回廊に、ネメシスが立っていた。
黒衣の裾を揺らし、仮面越しにこちらを見る。
『歓迎する』
『我が保存庫へ』
「趣味悪い歓迎二回目だな」
俺が返す。
⸻
『彼らは滅びるはずだった』
ネメシスは群れを見下ろす。
『文明は終わり、都市は砕け、星は冷えた』
『だが私は選んだ』
『肉体を捨て、情報として保存する道を』
「本人の同意なく?」
リナが鋭く問う。
『多数は混乱状態だった』
『ゆえに代行した』
「最低」
⸻
『理解されぬのは慣れている』
ネメシスの声は静かだった。
『だが見ろ』
壁が開く。
そこには膨大な書庫。
技術記録、文化資料、映像、芸術、言語。
数え切れない文明の遺産。
『もし私がいなければ、全て消えていた』
「……それは事実かもね」
リナが言う。
ネメシスがわずかに顔を上げる。
「でも」
彼女の声が冷える。
「だからって、人を閉じ込めていい理由にはならない」
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沈黙。
ネメシスはゆっくり俺を見る。
『お前も似た者だ、錬金術師』
『物質を組み替え、価値を選び、世界を都合よく直す』
「違うな」
俺は一歩前へ出る。
「俺は戻すためにやる」
「お前は奪うためにやってる」
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黒塔全体が脈打つ。
怒ったらしい。
『短命種が』
『保存の重みを知った口を利くな』
床面から黒槍が噴き出す。
「来る!」
リナの声。
横へ跳ぶ。
ルクスを抱えて回避。
黒槍が森のように乱立した。
⸻
「アルク!」
「分かってる!」
床へ手を置く。
だが素材反応が重い。
塔そのものがネメシスの身体だ。
通常の錬成は干渉される。
「なら中から壊す」
⸻
リナが目を閉じる。
未来読み。
「左回廊、三秒後開く!」
走る。
黒槍の隙間を縫って回廊へ飛び乗る。
ネメシスの影兵が立ちはだかる。
仮面兵士十体。
「雑魚は任せて!」
リナが蔓を伸ばす。
床を這った植物が兵士の足を絡め取る。
ルクスも両手を上げる。
「ひかり」
小さな星火弾が炸裂。
兵士が弾けた。
「強いじゃん」
「えへ」
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回廊奥。
巨大な心臓のような機関が脈打っていた。
光の粒――記憶体を吸い上げ、塔全体へ循環している。
「中枢の一つか」
「壊す?」
「いや」
俺は首を振る。
「解放する」
⸻
手を置く。
錬金術展開。
吸収回路を反転。
蓄積から放流へ。
機関が悲鳴を上げる。
次の瞬間、光の粒が一斉に空へ舞った。
笑い声。
泣き声。
歌声。
塔内に失われた人生の音が満ちる。
「……綺麗」
リナが呟く。
⸻
ネメシスが初めて叫んだ。
『やめろ!』
『散逸する!』
「違う」
俺は見上げる。
「帰るんだよ」
⸻
塔が激震する。
外壁の顔が次々と消えていく。
拘束が解け始めたのだ。
ネメシスの仮面に大きな亀裂が走る。
その下に見えたのは――
疲れ切った、一人の青年の顔だった。
「……人間?」
リナが息を呑む。
『違う……私は管理者だ……』
声が揺れる。
『最後の、文明そのものだ……』
⸻
「違うね」
ルクスが前へ出た。
小さな光の手で、彼を指す。
「あなた、ずっと一人だった」
静寂。
ネメシスの瞳が震えた。
⸻
黒塔最上部で。
孤独な管理者の心が、今にも崩れようとしていた。
⸻
――第109話へ続く――




