第106話 墓場航路――星の残骸海へ
エルドラ号は静かに進む。
白銀の船体が星海を切り裂き、その後ろに淡い光の航跡を残していた。
背後には、再び息を吹き返したアーカ・リング。
前方には、終わりの見えない残骸海域。
砕けた艦隊。
崩れた都市リング。
半分だけ残った塔。
巨大な機械骨格が、星々の間に墓標のように漂っている。
「……すご」
リナが窓に張りついた。
「語彙なくなるね、ここ」
「最近それ多いな」
俺――アルクも同感だった。
⸻
「ここ、こわい」
ルクスが小さく言う。
船内にいるだけなのに、髪の光が少し弱い。
「何か感じるのか?」
「……泣いてる」
「誰が?」
一拍。
「いっぱい」
―――
静かになる。
ただの残骸ではない。
ここには、消えた文明の“残響”が残っているのだろう。
⸻
操舵輪の前に星図を広げる。
ミレナから受け取った航路データでは、この海域は“旧文明墓場”と記されていた。
星環連盟ですら深入りしない危険地帯。
理由は三つ。
自律兵器の残存。
重力異常。
そして。
「……記録では“帰らない”か」
「雑に怖いね」
リナが言う。
「何が帰らないの?」
「探索船だ」
「やだ」
⸻
最初の異変は、すぐ来た。
船体が不意に軋む。
「ん?」
速度計が勝手に反転した。
前進しているのに、計器上は後退。
外の星々も、一瞬だけ逆方向へ流れる。
「アルク」
「分かってる」
「空間ねじれてる」
―――
錬金術で外殻センサーを補強。
周囲座標を再計測する。
結果、さらに意味が分からなかった。
「……ここ、場所が固定されてない」
「え?」
「海域そのものが少しずつズレてる」
リナが顔をしかめる。
「迷路ってこと?」
「宇宙規模のな」
⸻
その時、ルクスが前を指差した。
「……あれ」
残骸群の奥。
巨大な像が浮かんでいた。
人型。
両手を広げた女性像。
全長数百メートルはある。
頭部は砕け、胸部には空洞が開いている。
それでもなお、祈るような姿勢で星海に立っていた。
「……趣味いいな」
「珍しく褒めた」
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近づく。
像の表面には文字らしき紋様。
だが既知言語ではない。
「読める?」
リナがルクスを見る。
ルクスは首を振った。
「古い……もっと前」
「ルクスでも知らないか」
「うん」
―――
像の胸部空洞に、微かな光が点いている。
救難信号?
あるいは誘導灯。
「入る?」
リナが聞く。
少し考える。
「入る」
「だよね」
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内部は空洞都市だった。
像の胸部から侵入すると、そこには円形ホールが広がっていた。
壁一面に植物のような金属配線。
中央には水のない噴水。
天井には人工空の名残。
「……神殿みたい」
リナが呟く。
「生活区画でもあるな」
住居跡、書庫らしき棚、崩れた椅子。
祈りと暮らしが同居していた場所だ。
⸻
その時。
床面が光る。
「来る!」
リナが叫ぶ。
円形ホール中央から、人型機兵がせり上がった。
白磁の装甲。
六本腕。
顔の代わりに鏡面。
「……綺麗で嫌だ」
「同感」
―――
機兵が無言で突進。
六本腕すべてが刃へ変形する。
「速い!」
横へ跳ぶ。
床が紙のように切れる。
「アルク、こいつ学習早い!」
「またか!」
⸻
床へ手を置く。
だが素材反応が薄い。
「錬成効きにくい!」
「え?」
「自己補完素材だ!」
斬ったそばから再生する。
「面倒だな」
「楽しそうな顔してる」
「バレたか」
⸻
ルクスが前へ出る。
「……止まって」
機兵が一瞬だけ動きを止めた。
「効いた!?」
だが次の瞬間、鏡面顔に赤い線が走る。
再起動。
「権限不足」
ルクスがしょんぼりした。
「負けた」
「気にすんな」
俺は笑う。
「ヒントはもらった」
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こいつはただの兵器じゃない。
認証機構付き守護者だ。
なら壊すより――
「上書きする」
機兵の背後へ回り込む。
六本腕が追う。
リナの声。
「右、左、しゃがんで、今!」
紙一重で避け続ける。
その間にルクスが機兵へ触れる。
「いま!」
「了解!」
胸部コアへ手を突き込む。
「再構築」
認証系統を書き換える。
白光が走る。
機兵の動きが止まった。
そして膝をつく。
『……継承者、暫定承認』
「喋った」
「急に礼儀正しい」
⸻
ホール奥の壁が開く。
隠し通路。
その先に、星図室があった。
中央の立体投影には、この墓場海域全体図。
そして。
紫星雲の中心にある黒い塔へ、無数の線が集まっている。
「……全部ここに繋がってる」
リナが呟く。
ルクスの表情が曇る。
「……いや」
「そこ、食べてる」
「何を」
一拍。
「みんなの残り火」
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背筋が冷える。
この墓場海域のエネルギー、記憶、文明の残滓。
それらを吸い上げている存在が、黒塔にいる。
「……墓荒らしだな」
俺は肩を回した。
「嫌いなタイプだ」
⸻
その瞬間、投影星図が乱れた。
黒塔からこちらへ一本の光線。
通信だ。
映像が浮かぶ。
黒い玉座。
そこに座る、仮面の人物。
『ようやく来たか』
声は男とも女ともつかない。
『星火の娘を連れて』
ルクスが震える。
「……しってる」
『もちろんだ』
仮面がゆっくりこちらを向く。
『私が、お前を炉に閉じ込めたのだから』
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空気が凍る。
リナの目が細まる。
俺は静かに前へ出た。
「なるほど」
笑う。
「今回の悪役、かなり分かりやすいな」
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紫星雲の黒塔。
そこに待つのは、文明の死骸を喰らう王だった。
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――第107話へ続く――




