第105話 星の火の少女――旅立つ光
白金の光が、最深部を満たしていた。
暴走していた恒星炉は、今や静かな鼓動だけを響かせている。
ドクン。
ドクン。
まるで穏やかな心臓のように。
その中心に、少女が浮かんでいた。
長い髪は炎のように揺れ、瞳は星屑を溶かしたような金色。
身体は人の形をしているのに、輪郭の端々が光へほどけている。
「……綺麗」
リナが素直に呟いた。
「同感だ」
俺――アルクも目を細める。
少女はゆっくりこちらへ降りてきた。
裸足が床へ触れると、小さな光の花が咲く。
「……外」
もう一度、彼女は言った。
「行きたい」
⸻
「語彙少なめだね」
リナがしゃがみ込み、目線を合わせる。
「でも大事なこと言えてる」
少女は首を傾げる。
「あなた、だれ」
「リナ」
胸を指す。
「こっちはアルク」
「面倒見る人」
「勝手に決めるな」
「だいたい合ってる」
―――
少女は俺を見る。
じっと、まっすぐに。
その瞳の奥で、恒星のような演算が瞬いていた。
「……アルク」
「ん?」
「こわくない」
「褒めてるのかそれ」
「最大級に」
⸻
ユナの投影体が横に現れる。
「人格核、安定確認」
「恒星炉中枢は分離可能状態です」
オルフェウスが続ける。
「本体炉心は港動力として残し、端末人格のみ可搬化できる」
「つまり?」
リナが聞く。
「連れていける」
「便利!」
⸻
その時、通信が開く。
ミレナ・ヴァルシュが映る。
艦橋の緊張は解け、背後の士官たちも静かだった。
『停戦協議を求める』
「いきなり素直だな」
俺が言う。
『敗因分析の結果だ』
『あなた方と戦う利益が消えた』
「合理的」
リナが笑う。
⸻
観測デッキで直接会談することになった。
ミレナは護衛数名と共に港へ上陸した。
近くで見ると、映像越しより若い。
だが目だけは、長く責任を背負ってきた人間のものだった。
『改めて名乗る』
『星環連盟外征艦隊司令官、ミレナ・ヴァルシュ』
『先ほどは失礼した』
「急に礼儀正しい」
「戦う前より好きかも」
リナが小声で言う。
⸻
ミレナは恒星炉少女を見る。
一瞬だけ、表情が揺れた。
『……それが、恒星炉の意志体か』
「たぶんね」
リナが答える。
少女はミレナを見て、少し警戒したように俺の後ろへ隠れた。
「おい」
「本能で選んでる」
「失礼だな」
⸻
『連盟はエネルギー危機にある』
ミレナは率直だった。
『だが奪う形ではなく、交易として交渉したい』
オルフェウスが即座に言う。
「以前の強硬姿勢との差異を説明要求」
『反省した』
「早いな」
『部下に生きて帰れと命じたいのでな』
―――
少しだけ笑う。
嫌いじゃない返答だ。
⸻
話し合いは進んだ。
アーカ・リングは中立港として再建。
連盟艦隊は防衛協定と物資提供。
恒星炉は無理な搾取をせず、余剰出力のみ共有。
辺境星系への支援航路も開く。
「最初からそうしろよ」
俺が言うと、ミレナは肩をすくめた。
『それができる相手か分からなかった』
「今は?」
『かなり面倒だが、話は通じる』
「評価低いな」
「妥当だよ」
リナが笑った。
⸻
港では再建が始まっていた。
眠っていた居住区に明かりが戻り、整備ドローンが走り回る。
ユナは嬉しそうに指示を飛ばし、オルフェウスは無表情でその三倍の仕事をこなしている。
「……あの二人、相性いいね」
リナが言う。
「片方が止めないと港ごと効率化されそうだ」
「確かに」
⸻
夕方。
エルドラ号の甲板。
少女は船縁に座り、星海を見ていた。
風もない宇宙で、なぜか髪だけが揺れている。
「名前、いるよね」
リナが言う。
「またか」
「いる」
少女が即答した。
「意見あるんだ」
⸻
「何がいい?」
少女は少し考えた。
そして、ぽつりと言う。
「ルクス」
「光って意味?」
ミレナが横から口にする。
「古連盟語だ」
「詳しいな」
『教養だ』
少し誇らしげだった。
「じゃあ決まり」
リナが笑う。
「よろしく、ルクス」
少女――ルクスは嬉しそうに頷いた。
⸻
出航準備。
港には見送りが集まっていた。
ユナが全力で手を振り、オルフェウスは静かに敬礼している。
ミレナの艦隊も周囲に整列し、砲門ではなく灯火を向けていた。
『航路データを共有する』
ミレナが通信で告げる。
『その先に、連盟でも到達できぬ領域がある』
「危険地帯?」
『旧文明の墓場だ』
「好きそう」
リナが俺を見る。
「否定できん」
⸻
ルクスが前方を指差す。
「……あっち」
星の海の遠く。
巨大な残骸群の向こうで、紫色の星雲が脈打っていた。
その中心に、黒い塔のような影が見える。
「……呼んでる」
彼女が呟く。
「またか」
俺はため息をつき、笑った。
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操舵輪を握る。
隣にはリナ。
後ろにはルクス。
港には新しい仲間たち。
「行くか」
「うん」
「いく」
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エルドラ号は光を引いて進む。
星海のその先へ。
次の面倒ごとへ。
そして、新しい物語へ。
⸻
――第106話へ続く――




