第104話 神の火――恒星炉、目覚める
巨大隔壁が開く。
重い金属音とともに、最深部の封印区画がゆっくり姿を現した。
眩しすぎて、一瞬目を細める。
そこにあったのは――
太陽だった。
「……は?」
俺――アルクは率直に声を漏らす。
「語彙なくなるよね」
リナも同じだった。
⸻
直径数十メートルはある光球が、宙に浮いている。
赤金の炎を渦巻かせ、無数の光弧を放ちながら脈動していた。
周囲には幾重ものリング状制御装置。
その全てが悲鳴のような音を立てて軋んでいる。
『恒星炉中枢、臨界直前』
ユナの声が震える。
『安全限界突破まで七分』
「七分もある」
「前向きだね」
「だろ」
⸻
熱い。
だが普通の熱ではない。
近づくだけで、身体の中の魔力や生命力まで引っ張られるような感覚がある。
「……生きてる」
リナが呟く。
「ただの炉じゃない」
「ああ」
俺も感じていた。
これはエネルギー機関である前に、“星の模造生命”だ。
⸻
通信が開く。
ミレナ・ヴァルシュの顔。
背景では艦橋が騒然としている。
『熱源上昇を確認した』
『まさか、起動したのか』
「正確には暴走しかけてる」
俺が答える。
『……ゼノは』
「寝てる」
リナが横から言った。
「たぶん起きても説教コース」
一瞬、ミレナの口元がわずかに動いた。
笑いそうになったのかもしれない。
⸻
『アルク』
ミレナの声が低くなる。
『恒星炉を停止できるか』
「できるかもしれん」
『曖昧だな』
「初見なんでな」
『……』
数秒の沈黙。
『もし制御不能なら、港ごと破壊する』
リナが目を見開く。
「ちょっと!」
『連鎖爆発すれば艦隊も巻き込まれる』
『それでも辺境へ被害を広げるよりはましだ』
「本気だね」
「軍人だな」
⸻
通信を切る。
「どうする?」
リナが聞く。
「止める」
即答だった。
「港も、火も、艦隊も」
「欲張り」
「今さらだろ」
⸻
恒星炉へ近づく。
周囲リングは制御式だ。
だが破損し、逆に出力を煽っている。
「まずは外側から」
錬金術展開。
リング構造解析。
素材変換。
暴走した回路だけを剥がし、正常経路へ繋ぎ直す。
火花。
振動が少し収まる。
『出力低下一二%!』
ユナが叫ぶ。
「やるね!」
「当然」
⸻
だが恒星炉本体が唸る。
光球表面から炎の腕が伸びた。
「来る!」
リナの声。
横へ跳ぶ。
さっきまでいた床が蒸発した。
「うわ」
「怒ってる!」
「だろうな!」
⸻
炎腕が連続で襲う。
右、左、上。
「アルク、次下!」
未来読みの声に合わせて避ける。
紙一重。
「助かる!」
「あとで甘いもの三倍!」
「インフレしてる!」
⸻
「これ、機械制御だけじゃない!」
リナが叫ぶ。
「この子、怖がってる!」
「この子扱いか」
「怯えて暴れてる!」
―――
なるほど。
炉ではなく、擬似生命。
閉じ込められ、制御され、起こされ、また縛られた。
そりゃ荒れる。
「なら」
手を止める。
「力ずく半分、会話半分だ」
「雑だけど好き」
⸻
光球へ真正面から近づく。
熱で肌が焼ける。
それでも進む。
「アルク!」
「大丈夫だ」
たぶん。
⸻
手を伸ばす。
恒星炉へ触れた瞬間、視界が変わった。
暗い宇宙。
孤独。
長い時間。
無数の命へ力を与えた記憶。
そして、使い潰され、封じられた怒り。
「……そうか」
こいつも道具にされた側か。
⸻
「聞け」
俺は光球へ言う。
「また使い潰す気はない」
炎が荒れる。
疑っている。
当然だ。
「でも、消える気もない」
「選べ」
「燃やすか、照らすか」
⸻
リナが隣へ来た。
熱に顔をしかめながら、それでも笑う。
「一緒に空、見に行かない?」
「もっと綺麗な場所あるよ」
「雑な誘いだな」
「あなたも似たようなもんでしょ」
その瞬間。
恒星炉の炎が、少しだけ静まった。
⸻
『出力急減!』
ユナの声。
『安定化に移行しています!』
外部通信が開く。
ミレナが息を呑んでいた。
『……信じられん』
「信じろ」
俺は言う。
「火は奪うもんじゃない」
「使い方決めるもんだ」
⸻
恒星炉の光が赤金から白金へ変わる。
荒々しい炎ではなく、穏やかな星の輝き。
制御リングが自動再構成され、正常軌道へ戻っていく。
港全域へ電力が流れ始めた。
外の艦隊にも、その光が届く。
砲門が次々と沈黙する。
⸻
ミレナが静かに言った。
『……撤収命令を出す』
リナが目を丸くする。
「早い」
『戦う理由が変わった』
『奪う必要がなくなっただけだ』
「素直じゃないね」
『職業病だ』
⸻
だが、その時。
恒星炉の中心に、小さな人影が浮かび上がった。
少女の姿。
光でできた瞳がこちらを見る。
『……外』
『行きたい』
リナが笑った。
「増えたね」
俺はため息をつく。
「また面倒なの拾った」
⸻
神の火は、目を覚ました。
そして。
ただの動力源ではなく、一人の旅人になろうとしていた。
⸻
――第105話へ続く――




