第103話 救済の名をした火――技術総監ゼノ
港最深部。
封鎖区画前の巨大隔壁から、太陽のような光が漏れていた。
熱い。
だが熱量だけではない。
存在感そのものが圧になって肌を刺す。
「……恒星炉、起きてるね」
リナが低く言う。
額には汗。
それでも目は鋭い。
「完全起動前です」
白衣の男――ゼノ・カルディアが穏やかに答えた。
「だからこそ、間に合いました」
「誰にとってだ」
俺――アルクは一歩前へ出る。
「全人類にとって、です」
即答だった。
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ゼノは整った所作で眼鏡を直す。
義眼の片方だけが淡く青く光っている。
「辺境星系の凍死者数、昨年だけで推定一億二千万」
「飢餓、航路断絶、医療停止、暴動」
「あなた方は救った街の人数を数えたことがありますか?」
「……ないな」
「私はあります」
微笑む。
「だから秤にかけられる」
―――
リナが顔をしかめた。
「その言い方、嫌い」
「感情的反応ですね」
「うん。かなり」
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「ゼノ」
俺は言う。
「この港にも人が戻り始めてる」
「それごと持ってく気か」
「必要なら」
「必要なら、か」
最近よく聞く言葉だ。
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ゼノが指を鳴らす。
背後の兵士たちが一斉に下がる。
代わりに床面が開き、四機の機械体がせり上がった。
人型。
だが脚部は多脚、腕部は工具と砲身の複合。
「作業補助機を戦闘転用しただけです」
「過剰防衛ではありません」
「嫌味が上手いな」
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機械体が突進。
「アルク、左二、右一、真ん中遅い!」
「了解!」
床を蹴る。
左の一体へ接近。
腕部砲口が開く前に関節へ触れる。
「分解」
腕が落ちる。
そのまま胴を蹴って二体目へぶつける。
右から来た個体は、床材を盛り上げて足を取る。
転倒。
そこへ天井配線を落として拘束。
「……雑なのに強い」
リナが呆れる。
「褒め言葉だな」
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中央の一体だけが止まらない。
腹部装甲が開く。
中に小型炉心。
「アルク、爆発する!」
「早く言え!」
跳ぶ。
直後、機体が自爆。
衝撃波が通路を揺らす。
煙の向こうでゼノが拍手した。
「反応速度は優秀」
「人の評価してる場合か」
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「ねえ」
リナが前へ出る。
「ミレナさんは、少なくとも守りたい人の顔を見てた」
「でもあなたは数字しか見てない」
ゼノの笑みが少しだけ薄れる。
「数字は裏切りません」
「人は裏切る」
「便利な考え方だね」
「経験則です」
―――
その一瞬、何か暗いものが見えた。
過去に何かあったのだろう。
だが今は関係ない。
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警報音が変わる。
ユナの声が通信に割り込む。
『緊急報告! 恒星炉封印率三二%まで低下!』
『このままでは十分後に臨界です!』
「十分もある」
ゼノは穏やかに言う。
「十分あれば接続できます」
「十分あれば止められる」
俺も返す。
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隔壁へ近づこうとすると、床一面に光の線が走った。
「罠!」
リナの声。
無数の切断レーザーが縦横に走る。
通路が即席の檻になった。
「性格悪い!」
「効率的と言ってください」
ゼノが微笑む。
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床へ手を置く。
素材解析。
未知合金。
高耐熱。
自己修復付き。
「面倒だな」
「珍しく困ってる?」
リナが笑う。
「少しな」
「じゃ、私の番」
―――
彼女が目を閉じる。
数秒先の光路を読む。
「次、右上だけ開く!」
「そこへ!」
レーザー網が変化する一瞬。
俺はリナを抱えて跳んだ。
「ちょっ」
空中回転。
隙間を抜ける。
着地。
「急に持つな!」
「文句言うな、間に合った」
「あとで言う!」
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ゼノが初めて目を見開く。
「その予測能力……興味深い」
「やだ」
リナが即答した。
「研究対象になりたくない」
「賢明です」
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ゼノの義眼が強く光る。
周囲の壁面端末が一斉起動。
隔壁の光がさらに増す。
『封印率一九%!』
ユナの声が震える。
『もう止まりません!』
「止まる」
俺は言う。
「アルク?」
「こいつを止めればな」
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踏み込む。
ゼノが袖口から細い刃を展開する。
近接戦もできるらしい。
「文官じゃないのか」
「現場主義です」
刃と拳が交差。
速い。
だが軽い。
二合、三合。
四合目で懐へ潜る。
「研究者の癖に鍛えてるな」
「必要ですから」
「最近それ多いな」
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ゼノが膝蹴り。
受ける。
重い。
義肢強化か。
だが、その瞬間に見えた。
胸ポケットの中、古びた写真。
幼い子供と、笑う女性。
「……家族か」
ゼノの動きが止まる。
一瞬だけ。
それで十分だった。
「迷ったな」
肩を掴む。
床へ叩きつける。
「ぐっ……!」
⸻
ゼノが咳き込みながら笑う。
「ええ」
「守れませんでした」
「だから今度は、数で守る」
「一人でも多く」
「……雑だな」
俺は見下ろす。
「失ったからって、今いる奴まで切り捨てる理由にはならん」
⸻
隔壁が軋む。
中から太陽の光が漏れ出す。
『封印率九%!』
リナが叫ぶ。
「アルク!」
「ああ!」
ゼノを見る。
「寝てろ」
首筋へ軽く打撃。
意識を落とす。
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そして隔壁へ向き直る。
向こうにあるのは、世界を救う火か。
世界を焼く火か。
どっちにするかは――
「今から決める」
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巨大隔壁が、ついに開き始めた。
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――第104話へ続く――




