098.「」
それだから今、つくづく思う。
本当に珍妙なことになったものだと。
自分はマンドラゴラなのに、なんと隣にいるのは天敵であるはずの人狼だ。
しかも二人で並んで、盃まで交わし合っているのだから可笑しくて仕方がない。こんなにシュールな光景もなかなか無いだろう。
「…………」
正直に言えば、最初は怖かった。
とても勇気が要った。
もし自身の正体とイズンに狙われた経緯を知れば、自分は彼に八つ裂きにされてしまうのではないか。そうなっても文句は言えないと思ったから。
それでも……。
どんな報いも受ける覚悟で、意を決して打ち明けたのに。
結局、お咎めらしい制裁はひとつもない。
だからせめて自分にできることなら何でもしよう。
しなければならないと、アルメリアはそう決めている。
(本当に、どんなことだって……)
そんなことを思いながら。
懐かし話に花を咲かせ、語らいながらしばらくした頃だった。
「あァー、これだいぶ来てやがんなぁ。やっぱガマンできそうにねぇわ、ピィスケ」
「え?」
「一発ナマでやらせろよ、久々に」
「………」
ちょっと、一瞬だけびっくりした。
レドックスもだいぶ酒が進んでいる様子だが。
文末の"久々に"が付いてなかったら完全に誤解してたかもしれない。
「ナマって……あれ痛いのよね。先に採っておいたストックならまだ何本か」
「いやダメだ、ナマがいい」
「でもやっぱり、衛生的にも……ね?」
「ナマは格別なんだよ」
「でも……」
「いーだろうが。せっかく祝いの席なんだからよぉ、ケチケチすんじゃねぇ」
だいぶ酔っ払ってるみたいで、ガッシと肩を組まれてからグイグイ迫られる。
目を泳がせたところで逃げ場はなし。
しまいには、あぐらの上にポンと抱っこされてしまって。
「往生際ワリィぞ?」
「往生際って……」
「とりあえずナマだっ!」
諦めた。
「はいはい、もう分かりました」
仕方なく一本だけ呼び出した荊。
そのトゲでぷつりと、アルメリアは自ら人差し指に傷をつける。
すると血が滲み、玉のように膨らんで。
「どうぞ」
差し出すと、レドックスがそれをパクリと咥えた。
そうつまり、彼の言った"ナマでやらせろ"とはこの意味。
アルメリアの血、それも新鮮なやつをジカに舐めとりたかったということ。マンドラゴラであることを証明するため、以前にもやってあげたことがあるのだが……。
それが大そうお気に召したようだ。
以後こうして事あるごとにねだられるのだが、アルメリアとしてはできればあまりやりたくない。
衛生的な問題もあるし、何より傷口を直接舐められるのだ。
舌の上で転がされ、舐られる。
小さな刺し傷とはいえ、そんなことしたら痛い。
「痛いよぉ……」
「ガマンしろ」
「痛いぃ……」
「だんだんこれが気持ち良くなってくんぜ」
「…………」
ため息が出る。
さっきの言い回しといい、本当にこの男は。
(何かにつけて……)
「あなたね……」
「あんだよ」
「べつにー。何でもありませんけど」
そして――。
チュパ、チュパ、チュパ、チュプ、チュポン。
抜かれた。
「満足した?」
ようやく終わってくれたかと思いきや。
レドックスは濡れたアルメリアの指先を凝視していて。
「なんか、いつもと味ちげぇな」
「え、そうなの? おいしくない?」
「いや逆だ。うめぇ。なんだこれ、甘ったりぃってか……なんか酒っぽいぜ」
「お酒って、そんなわけ……あっ」
まさか……。
「私の被ったお酒が……」
血に混じってる……?
沈黙。
そして謎の見つめ合い。
「と、とにかく満足したでしょ。今日はこれでおしま……」
引っ込めようとしたところ、ガッシと引き戻される。
力では抗いようもなく、また咥えられた。
「あっ、ちょっとレド! いつまで……!」
「うめぇ」
「もうおしまいって……!」
「うめぇ、うめぇ」
チュップチャップと舐められて、その微妙な痛みにアルメリアはヒィコラなりながらレドックスをバンバン叩く。
放してと言っても全然聞いてくれない。
おろか。
「ところでよ、ピィスケ。さっき妙に固まってやがったな。なに想像してやがったんだ? 俺はただナマでヤらせろって言っただけだぜ?」
「またそういうこと言って……! 分かってるくせに! 全部わざとやってるくせに!」
「カカカッ、なに言ってんだかサッパリ分かんねぇな。ちゃんと白状できたら放してやるよ」
「この……っ!」
「言えよ、どーせド偉ぇこと考えてたんだろーが。ふしだらか? 欲求不満か? 首輪まで付けやがって。プレイか?」
「く、首輪じゃない! チョーカーだもん! オシャレ、ファッション!」
「ほぅ、ソイツぁさぞかし便利な言い訳だな。その大義名分ひとつで何でもありってわけだ! だったら次はなんだ? ケモミミか? 尻尾か? リードとエサ皿も足んねぇなぁ!? しまいには四つん這いになってケツでも振んのかよぉ!?」
ゲラゲラと好き放題、おちょくってくる始末だった。
というかレドックスの想像の方がよほどマニアックで凝っている。
ふしだらとか欲求不満はどっちか。
「もうサイテー! 酔っ払いすぎっ!」
ちなみに本来、アルメリアの血は酔い覚ましにもなるはずだ。
でも今は血自体にアルコールが混ざっているせいか、それも働いてなさそうで本当に困る。
そして、これが最後だが――。
アルメリアがポーション屋を始めたのは、そうすればあまり周囲に不審がられることなくレドックスにポーションを手渡せると思ってのこと。
彼にもうアルメリアの薬は不可欠だし、そうなってしまった責任は自分にもある。こんなのあったぞとレドックスの持ってきた募集チラシからいろいろ考えて、そういうことになったわけだが、ともかく。
チュパ、チュパ、チュプ、ネプ……ガリ。
やめて放してといつまでも諦めも往生際も悪いアルメリアの指が、そのときふざけ半分でレドックスに齧り潰される。
そうして――。
「ひ痛ぃいッ!?」
「カカカッ、どうしたピィスケ!? 腰が浮いてんぜ!? さては俺のテクが良すぎてつい仰け反」
「ピィイイイイイイイイイイーッ!!!!!」
ピィスケ、と。
そう呼ばれる由来となったスクリーム・アタックがやがて、夜の静寂を思いっきり切り裂くのだった。
こんなシメですがパート6は以上です。
奇数パートが現在、偶数パートが過去みたいな感じで、パート6で合流するような構成となってました。行ったり来たりわかりづらくてすみません。
次話からパート7やっていきます。




