097.「」
そう、すべては彼の言葉どおりだったのだ。
銅剣シャンバラ――それは資格のないものが手に取れば、たちまちその意識を乗っ取られてしまう恐ろしい魔剣だった。
ではなぜレドックスにその兆候が見られなかったのかと言えば……答えは単純明快。魔剣がレドックスを、真の使い手と認めていたからに他ならない。
もっとも最初はかなり手を焼かされたそうだ。
隙あらばシャンバラは、レドックスの体の主導権を奪い取ろうとしてくる。
ついには眠っているときにも。
けれどレドックスも到底、誰かの言いなりになったり、大人しく付き従うような性分ではなかった。結局レドックスが持ちまえの精神力で強引にねじ伏せ、シャンバラを屈服させてしまったとのこと。
いったんはその力関係に落ち着いていたそうだが。
今やそのパワーバランスは乱れ、やや複雑なものとなってしまっている。
要因の一つは、この人狼化の件だ。
狂哭のグリムガルド――彼が刻み付けた"狼化の呪い"が、現在もレドックスの精神を蝕み続けていることが大きい。
そしてさらにはイズンを倒すため、レドックスはシャンバラの力を一部、解放してしまった。
シャンバラの力は、引き出すほどに持ち主の精神を侵すのだ。
ゆえにイズンを薙ぎ払ったあの凄まじい一撃は、まさしく諸刃の剣だったということ。故にいま、レドックスは三つの精神がひとつの肉体を奪い合うような状態にあって。
(そんな……)
真相を知ったとき、アルメリアはとっさに言葉が見つからなかった。
そのときには声も出なくなっていて、ただ俯くしかなくなる。
本当に取り返しの付かないことをさせてしまったと、そう思った。
でも――。
あったのだ。
埋め合わせにはならないけれど、ひとつだけ。
ひとつだけ自分に、できるかもしれないことが。
(そっか、もしかしたら……!)
だからある日、さっそく持っていってみる。
声がけできないもので、ちょいちょいとレドックスの服を摘まむように引っ張って。返された答えはぶっきらぼうなものだったが。
(これ、飲んでみて!)
そうにっこり笑顔で差し出したのが、アルメリアが自分の血から初めて作った特製ポーションだった。
古来より「奇跡の薬草」とも称されているマンドラゴラは強壮、鎮静、解毒、催淫、果ては延命と実に様々な効果を持つとされている。
その中には強心薬や強壮薬としての作用も含まれているのだ。
だからまず人狼化については、自分の血を取り込むことである程度、抑えられるはずと考えた。
予想は的中でポーションを服用したその日から、呪いの影響は大きく緩和されていく。今だってそうだ。
「お薬、ちゃんと飲んでからね」
「いいじゃねぇかよ。こまけぇこと」
「だめです。酔っ払ってもし何かあったら大変でしょ。飲まれるまえにきちんと飲んでください。じゃないと、これはお預けです」
「チッ、わぁったよ」
不承不承ではあったが、お酒に手を付けるまえにアルメリアが渡したポーション瓶。
それをグイと煽ると、たちまち毛並みがブルリと逆立つように震えて。
次の瞬間には、獣の姿が溶けるように消え、シュルシュルと人の姿とサイズに戻っていった。
「はい、もっかい。匂う?」
すかさず手の甲をクンクンさせて、再試験を実施する。さっきは酒臭いとのことだったが。
「臭わねぇ」
「よろしい」
人の嗅覚的にはやっぱり問題なさそうで何より。
テスト通過と、満悦そうに頷くアルメリアだった。
そして課題のもう一つ。
シャンバラの件についても同様で、アルメリアの血が有効だ。
レドックスによると刀身に魔獣の血を吸わせることで、それなりに宥めることも可能らしい。
本当は肉を切らせてあげると尚良いそうだが。
痛いのはイヤなので、そこは我慢してもらうとして。
とりあえず今日も2〜3滴、ピピっと垂らしてあげる。
するとバキバキバキ。
鋼が盛り上がるように高質化し、まるで悦びの声をあげるようにシャンバラの刀身が軋みをあげた。
「おいしい? クーちゃん」
普段は錆刀のような見た目だが、所有者から魔力の供給を受けたり、魔獣の血を吸うと赤銅ぽく変わるのだ。ちなみにそのネーミングの由来は元素記号だったりするわけだが、さておき。
そんなこんなで、今やアルメリアの血はレドックスにとって欠かせないものとなっている。この身がマンドラゴラルーツということも、すでに彼だけには明かしてあったことで。こうしてたまに密会しては、血や薬の提供を行っていたというわけだった。
でも今夜に限って言えば、理由はもう一つある。
お待ちかねだ。
「さて、じゃあそろそろ始めましょうか」
アルメリアもソフトドリンクを取り出して、レドックスの酒瓶にカチャリと打ちつける。ささやかながら乾杯とする。
「お疲れさま、レド」
「おう」
いろいろ一区切りついたことを祝う、二人だけの二次会であった。




