090.「」
当然といえば当然なのだが。
たぶんレドックスは最初、状況をまったく呑み込めていなかったのだろう。
「やけに血の臭いが強くなってきたと思ったら……。なにそんなとこに一人で絡まってんだ? 縛りプレイにしたって加減ってモンがあんだろうが。随分キツそうじゃねぇかよ、オイ。ハードモードか?」
言いながら、片手間に突き出した木刀でアルメリアの下顎を小突き、ぐいと無理やり顔を上へ向かせる。
「とりあえず生きちゃいるみてぇだが」
まずは生存確認から始めていた。
「……げて」
「あァ?」
「……く」
逃げて、早く。
必死に声を振り絞ろうとするも、喉は潰れてカスカスだ。
言葉にならない。届かない。
そして――。
「……自前じゃねーのか。ってことァなんだ、エスエムショーの見せ物小屋かよ、ここァ。にしちゃあジメジメしてやがるが。ついでに土クセェな」
自身のテリトリー内へ、いきなりズカズカと踏み込んできた不埒者。
その嘲るような言に、ついにイズンがピクリと反応する。
『小屋……?』
到底聞き流せる発言ではなかった。
なにせイズンからすれば、自分以外の存在などすべて家畜に等しい。
使えるうちは労働力としてこき使ってやろう。
だが役目を果たせなくなれば――あとはただ、消耗してやるだけだ。
そう。
ただの消耗品なのだ。
イズンにとって、他のあらゆる生物とは。
使い切られるため、使い捨てられるために生かしている。
仕方なく、生かしてやっている。
だというのに。
こともあろうに、今コイツはここを"小屋"と言った。
違うだろう。
それはお前たち家畜が押し込まれる寝ぐらだ。
搾り尽くされるためにエサだけは与えられ、垂れ流した糞尿にまみれて生きる汚い場所だ。
聞き捨てならない。
血の底から沸騰し、逆撫でされる。
『いきなり押しかけてきたかと思えば……。ワーウルフごときが、随分な口の利きようだねぇ』
イズン・グランローゼはあくまで魔樹だ。
故にその噛み潰すような呪詛、ネチネチと吐き散らされた怨念や怨嗟の数々はいずれも、レドックスに届いてはいなかっただろうが。
『此処がどこで、アタシが誰だか分かってんのかい……ッ!?』
「カッ、ようやくお出ましかよ。やたら年期の入ってそうな腐れ樹木がノソノソと。とりあえず見てくれと図体はいっぱしのボス気取りだが……また荊か。なぁオイ、一応聞くがちゃんと肉の付いてる奴ァいねぇのか? ほかに親玉いんなら呼んでこい。待ってやる。――スカトロ野郎」
『殺してやるぅうううッ!!!』
「……て、樹じゃまともに口もきけねぇか。ったく、草むしりは飽きたつってんのによぉ。ついでに……チッ、あんまモタ付いてもらんねぇのかよ。しゃーねぇ、ヤメだ」
ギュルギュルと荊を差し向け、激昂して襲いかかるイズン。一方でレドックスはガキンと爪と牙を剥き、その猛攻を掻い潜りながらカウンターを見舞った。
それは背後に庇う、瀕死のアルメリアを一瞥してからのこと。
「とっととぶっ殺してズラかる」
『調子に、乗るなぁあああッ!!!』
かくして両者の殺し合いは幕を開けたのだ。




