085.「」
アルメリアには最終奥義がある。
そんなホラを吹いたこともあるが、そうと言えなくもない風変わりな芸当ができると気付いたのは、比較的最近のことだ。
『ピィイイイイイイイイイーーーーッ!!!!!!!』
そう、名付けてスクリーム・アタック。
マンドラゴラのかなり本能的なところに備わり、遺伝子的に刻まれた危機回避能力と思われるが。それがレドックスとじゃれてるときに目覚め、発露したのだ。
(いや実際のところ、そのつもりだったのはレドだけで、私はすごい必死だったんだけどね……)
ともかく。
あれから特訓をして、アルメリアはいまや自在にその技を繰り出せるようになっていた。
あるいは奥義というより、秘技と言った方がしっくりくるかもしれない。
そして思う。
今こそがその秘技の使いどころではないか、と。
なにせ――。
目覚めてすぐ、見計らうかのようなタイミングで部屋に入ってきたライナルト。
手足は拘束され、魔法も使えず。
わりとピンチだが。
「これでようやく、君と落ち着いて話ができそうだ」
幸い、口は塞がれていなかったからだ。
でもそれを行使するには、ひとつだけ難点がある。
なのでいったん保留。
見送ることに決める。
「ひとまずは大事なさそうで何よりだよ、アルさん。何があったかは覚えてるか?」
「……さて、なんでしたっけね」
「酒樽の蛇口が壊れて、中の酒が勢いよく吹き出したんだ。君はそれを頭から浴びてしまって」
とっさに惚けてみせたはいいものの、さっそく説明に困ってウグリとなった。
「あー……私、生まれつき肌から魔力を取り込みやすい体質なんですよね。水に溶け込んでたりすると特にダメで」
核心には触れない範囲で、ぼかした事実のみを明かす。
「……なるほど、やっぱりそういうことなのか。いや、ひょっとしてそうなんじゃないかって話してたんだ。君をここに運んだあと、ルミとも」
「ルミ?」
「あぁ、彼女のことだよ」
するとライナルトが示したのは、そこに立てかけてあった金色の剣だ。
「金剣ルミナリスだからね、そう呼んでるんだ。ちなみにさっき、君が起きたって報せてくれたのも彼女だよ」
「それはまた……」
奇怪な話だと思う。
でも嘘ではないのだろう。
「そんなに驚いた様子でもなさそうだな。これを話すと大抵の人からはその、なんだ……とても心配そうな反応をされるものなんだが」
「レドから聞きました。まえに私がここに忍び込んだときも、その剣……ルミナリスさん?に見られてたとかって」
「あぁそうか、そんなこともあったな」
「そうでなくとも……シャンバラの件もありますから」
「……なるほど、もういろいろ知ってるみたいだ。話が早くて助かるよ」
魔剣に意志が宿っていて、時として持ち主の体をコントロールすることがある……なんて。
当然のことながら、そんなの俄かに信じられる話ではない。
アルメリアも当初はそうだった。
レドックスからそのようなことを明かされて。
(魔剣と体を取り合ってる……? なにそれ、本気で言ってるの? 普通に考えて、そんなことあるわけ……でも嘘をついてるようにも見えないような……?)
半信半疑だったものだ。
「…………」
けれど、もう違う。
知ってしまった。そして――。
いま自分がこうして無事であるのは、すべて彼のしてくれた選択のおかげだ。
この命すらも、救われてしまったから。
だからここにきて、アルメリアは迷う。
「それで、私をどうするつもりですか?」
問いかけながら、その時間を稼ぐ。
できることなら――。
アルメリアはこれからも、人間として生きていきたい。
ギルダやスーラン、新しい友だちだってできた。
冒険者や街の人たちだって、とても気さくに接してくれる。
いつの間にか今の暮らしが好きになってしまったから。
身の安全面を鑑みても、その正体が擬人化マンドラゴラという辺りはなるべく知られたくない。死活問題なのだ。
(でも……)
「とりあえずこれ、外して欲しいんですけど。私と落ち着いて話がしたいんですよね?」
「それはそうなんだが、外したらまた逃げるだろう?」
「外さないと、そうですね……おっきい声出しますよ?」
「そりゃなんというか……シャレにならなかったりしてな……」
軽いトークの末、妙な沈黙が流れる。
少しカマもかけてみたのだが。
どうやらもう、ライナルトもだいぶ勘付いているらしかった。
彼からすれば、厄介なことこの上ないだろう。
もし本気でやろうものなら人を呼ぶとか、とてもそんなレベルでは済まないアルメリアの"おっきい声"。
防ぐには口を塞がなければならないが、それをすると今度は何ひとつ事情を聞き出せなくなるのだから。
「どうしても、ダメか……?」
するとライナルトは何を思ったか。
両手を挙げて降参のポーズを取りつつ、おずおずとそんなことを尋ねてくる。
「こう見えて口は堅い方だし、何かしてやれることも……あると思うんだが。悪いようにはしないつもりだ」
ニヘぇと、すごいご機嫌も取られてる感じだった。
チャンチャラおかしなことになっている。
なにせ謝らなければならないのは本来、弟のレドックスに実害を与えてしまった自分の方のはずなのに。
それがいろいろと事情がややこしいもので、こんなことになってしまった。
アルメリアは迷った。
迷った末に、はぁとため息を一つ。
意を決する。
「わかりました。もういいです、どうぞご安心を。ここでそんな大声を出したら、それこそ私の正体がみんなに知れ渡っちゃいますからね」
それがさっき、スクリームを見送った理由。
「ただし、手短にはなります。この後、私用もありますので」
「というと、やっぱり……?」
「ええ、たぶんもうあなたの思っている通りですよ。ついでに言ってしまうと、レドももう知っていることですが」
アルメリアはついに明かした。
世の中には擬人化と呼ばれる珍現象があることを前置いたうえで。
「――擬人化したマンドラゴラ、つまるところそれが私の正体です」




