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079.「」


 だがその後のムシウルの話をまとめると、つまりはこういうことらしい。


 たしかにムシウルを倒してしまったことで、アルメリアは列の先頭に押し出された。


 負けたら勝った側に吸収され、従属をいられる。

 それが"蠱毒"というシステムの基本ルールとのことだが。


「さっきオマエが言った通りだ。オマエは虫じゃないし、僕も力の大半を失っただけで生きてはいる」


「だからその結果、蠱毒のルールが中途半端に適用されちゃって……あなたは私から離れられなくなったってこと?」


「そういうことだ、たぶん……」


「なんて迷惑なシステムなの……」



 ついでにアバウト過ぎるのだが、どうもそれが真相らしい。

 でも思い当たる節はあった。


(たしかに、前にレドから聞いたとき……)


 ヘビとかナメクジとか、普通に虫じゃないのも混じってた気がする。


(ムシウルって名前のせいで、てっきりそうと思い込んじゃってたけど……。たしかに、よくよく考えたらそれって先入観よね……?)


 つまり虫かどうかより、毒を持っているかどうかの方が蠱毒のルールには肝要なのかもしれない。


 そして毒と薬の違いを決めるのは量だけだ。つまりいにしえの万能薬たるマンドラゴラ、それをルーツに持つアルメリアも、ある意味では毒草の系譜と見なせる。


(まさか……それで私にも蠱毒のルールが適用されちゃったってこと……? いや、いくらなんでもそれは……でも他に考えられないし……)


「こればっかりは本当に僕にも訳がわからないんだ。なんでこんなことになったのか……」


 真相は定かでないし、秘密に関わるのでそれ以上の深掘りは避けたけれど。


「せっかく生き残れたのはいいけれど、そのルールのせいで逃げれなかった。だから投降しにきたと……?」


「親玉の虫から離れようとすればするほど、行動の自由が効かなくなっていく。そういう呪いなんだ……」


「挙句にはお店から出ることもできなくなっちゃったのね……」



 それがさっき殺虫スプレーを噴射されそうになっても、必死にエスオーエス信号を描くしかなかった経緯とあらまし。



「事情はまぁ、分かったけれど」



 さてどうしたものかとアルメリアは悩む。

 ここでハエ叩きするのは簡単だが……。


「ヒッ……」


 逃げ場のない小瓶のなかでビクビクするムシウルを見ているうちにひらめいた。


「そうだわ。じゃあこうしましょう。見逃してあげる代わりに」


 提示した条件はこないだと同じだ。

 全軍の撤退。


 でもそれはできないとすぐに断られる。


「無理? どうして、あなたならそれくらい……」


「見ての通り、僕はもう力のほとんどを失ってる。いま行ったって、ほかの奴らに八つ裂きにされるだけだ……」


 シャカシャカシャカ!


「む、無理なんだ! 頼む、それだけは勘弁してくれ……っ!」


「…………」


「僕はもう、死にたくない……」


 メソメソと想像以上に必死な様子で返されて。

 冗談半分で振ってみせていたスプレーをコトリと、思わずアルメリアは卓上に置いていた。


 腕を組んで、ふぅと改まる。


「なによ、こないだと随分態度が違うじゃない。あれだけ偉そうに、汚い言葉ばかり吐き捨ててたくせに」


「言ったろ……。あのときの僕は力を分けてたんだ。ストックがあったから、少しくらい大きく出れた……」


「少しじゃなかったけどね。そうは言っても、まだ3割も残ってるんでしょ? ここであなたをやっつけたって、どうせまだ」


「残ってないんだ……。そっちも銅剣にほとんどやられて……だからもう後がない……。今の僕が、残ってる力の全部なんだよぉお ……」


 すすり泣くように命乞いをするムシウル。

 嘘をついているようには見えなかった。

 それに……。


(さすがにここまでされてトドメをさすのは、心が痛むというか……)


 はぁとため息をひとつ。


(情けは人の為ならず、か……)


 そんな理念を思い出しつつ。

 ムシウルの身柄は一時、仕方なくアルメリアが保護していたのだった。




 だから、そう。

 本当に今の今まで、処遇を決めかねていたのだが――。



「だから頼む。もう終わらせてくれ。戦友たちの眠るこの地にて、我も……」



 その友人である彼が、自分は独りになってしまったと。

 もう生きていたくないのだと涙ながらに訴えるから。



「……こればかりはもう、致し方なさそうですね」



 アルメリアは決める。

 一応持ってきておいた小瓶、そのフタをカポりと開けて。



『とりあえずかくまってあげるのは構わないけれど……。ねぇ、せめて他の形にはなれないの? 虫かごに入れるにしても、ハエだともし見つかったときに私の品性が疑われるのよね。たとえばカブトムシとか……あっそうだ、ホタルなんてどう!?』



 そんな提案が採用された結果。

 柔らかな光が飛び立ち、グランダムの広げた手のうちにとまる。



「ムシウル……なのか?」


「……あぁ僕だ。すまないな、グランダム。虫の報せは……送ってやれなかった」


「生きて……っ! まことに……。まことに……っ」



 すると彼はたちまち顔を歪め、ボロボロと涙をこぼして。



「これでもう、さっきのお願いは聞かなくていい。取り下げってことでいいのよね?」


「……あぁ」


「そ、ならよかったです」


「荊棘の魔女……いや、アルメリア・リーフレットよ」


「うん?」


「すまぬ……かたじけない……」



 いいえと、そう首を横振りするアルメリアに何度も。



「かたじけ、ない……」



 フルフルと肩を震わせ、男泣きをしながらグランダムは何度も、その言葉を繰り返していた。

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