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077.「」


 あの夜、アルメリアはムシウルを討った。

 そのつもりで手を下したことに、今さら言い訳を付ける気はない。


 なにせ猶予ゆうよは散々与えたからだ。

 条件付きとは言え、見逃してあげる余地まで十全に示した。


 ちなみにこれは余談だが――。

 『情けは人のためならず』なんてことわざがある。

 人にかけた情けは巡り巡って、自分に返ってくるというあれだ。


 一歩も間違わない人間なんていない。

 甘っちょろい話かもしれないが、いざとなったらアルメリアも情けをかけてほしいと思っているタチだ。だから他人から情けを求められたときは、なるべく聞き入れるようにはしている。


 その精神でムシウルにも手を差し伸べようとはしたのだが。



『死ぬまで蟲たちの苗床にしてやるよおおお!!!』



 こりゃダメだと思った。

 ここで下手に見逃せば怨みを買い、この先も付け狙われるかもしれない。


(これはもう、完全に自業自得ね……。知ーらない)


『やめろおおおおおっ!!!』


 やめなかった。

 ブブブブと飛び散った虫たちを、最後の一匹に至るまで妖華で捕食しきる。


『ではさようなら、孤独のムシウルさん』


 バクンとやって、葬り去ったつもりでいたのだ。

 このときは。



 しかし――。

 そうでなかったと気づいたのは、あくる日のこと。


「もうなんなんですの、さっきからブンブンと! 鬱陶うっとうしいことこの上ないですわね!」

「ほんと、なんかずっと飛んでるよね。ハエかな? 早くどっか行ってくれればいいのに」


 ギルダとスーランがそんなやり取りを交わしながらシッシとやっていた。

 アルメリアはいつも通り、ポーション造りをしていて。


「まぁ、そのうちどっか行くでしょ」


 あまり気にも留めていなかったのだが。


「アルメリアさん、お店のどこかに殺虫スプレーなどはございますか!?」

「あー、それならたしか戸棚の奥に……ちょっと待ってて。取ってくるから」


 いよいよ痺れを切らしたギルダがバンと立ち上がり、アルメリアが代わりに取りに行く。


(あ、見つけた。あれか……)


 戻ってきてから頭上に目を凝らし、見つけたハエにスプレーの標準を合わせたところで。



「…………うんっ???」



 目をパチパチして、気づいた。

 それがただの羽虫なんかではないことに。


「どうしたの、アル?」

「ささ、早くやってしまいましょう!」

「……そうだね」


 二人の目もあったもので、とりあえずワンプッシュ。


 するとピューとハエは力なく落下し、ひっくり返った地面でヒクヒクするのだった。


「はぁ、やっとスッキリしたー!」

「えぇ、これで作業に集中できますわ!」


 二人は気分晴れやかに、もとの席に戻っていったわけだが。


「どうかされましたの、アルメリアさん」


「あっ、ううん。なんでもないよー」


 しゃがんだアルメリアは誤魔化し笑いを浮かべつつ。


「いま行くね」


 空いている試験管にささっと、死にかけのハエを割りはしつまんで退避させたのだった。





「で、どういうこと?」


 問い詰めたのはその夜。

 お疲れさままた明日ねー、と2人を先に帰らせてからのことだ。


 スプレーがまだ効いているのか。

 移した小瓶のなかでヨタヨタ。

 とても弱りきり、触角を垂らしているハエに。


 いや――。


「蠱毒のムシウルさん」


 あの夜、たしかに始末したはずの彼に。


「うぅぅ……」


 よほど苦しいのか、ムシウルは呻き声を漏らしていた。


「おいオマエ……僕に何をした……?」

「え、何って?」

「さっき何か、吹き付けてただろ」

「あぁ、コレのこと?」


 そんなやり取りから始まる。

 まさか死にかけの虫に殺虫スプレーの成分解説をする日が来るとは思わなかった。


「<一撃必殺! シュッとひと吹き、即効退治!>……だそうです」


「だそうです、じゃないだろう……!? それってつまり、絶対僕に吹きかけちゃいけないものってことじゃないのか……!?」


「……まぁ、そういうことになりますかね。いえまさか……正直、効くとは思ってなかったんですけど。だってあなた、毒虫の王様なんでしょ? だったらこういうのにも耐性とかがあったりして、へっちゃらなのかなって」


「効いてるよッ! 抜群になッ!!!」


 ラベルに書いてあったキャッチコピーを読み上げたところ、血を吐くようなシャウトでツッコミが飛んでくる。


「クソ……ちくしょう……! クソ女が……! やめてくれって言ったのに……! 僕があんな必死に……!」


「必死ですって? ウソよ、助けなんて一言も……」


「エスオーエスの字になるよう旋回してたんだよ! 延々とな! 気付かなかったのか!?」


「気付くわけないし……なんなら見失わないように目を凝らすので精一杯でした」


 無理難題もいいところだった。


「ていうか、ねぇ。そろそろこっちの質問にも答えてほしいんだけど」


 そこでアルメリアは話を本題に戻す。


「なんであなた、まだ生きてるのよ?」


 まず最初の疑問はそれだ。


(本当にどういうこと……? あのときこの子を形成していた虫たちは、みんなやっつけてもらったはずなのに……)


 たしかに数こそ多かったが。

 あの食いしん坊が1匹たりとも取り逃すとは思えない。


 よしんばそうだったとしても……。


「それと、何しにきたの?」


 それが第二の疑問だ。

 よしんば奇跡的な幸運に恵まれて、逃げおおせたのだとしても。

 なぜ再び、アルメリアのまえに姿を現したのか。


 そのまましめしめとトンズラしてしまえばいいものを、自殺行為だろう。

 しかも気づきにくくて仕方ない救難信号まで出して。

 ちょっと意味が分からない。


(まさか運良く生き延びてて……それで寝首でもかきに来たのかしら……?)


 最初はそのようにも考えたが。

 それだと説明が付かないから、こうして事情を聞いている。


「納得のいくように説明してもらいましょうか。じゃないと、どうなるか分かるわよね」


 ビッシと殺虫スプレーを突きつけおどし、アルメリアはムシウルに説明を求めたのだった。

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