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076.「」


 それから数時間後の真夜中、アルメリアは再びあの場所へと戻っていた。


 岩窟は完全に塞がってしまい、現場検証のためにしばらく残っていた冒険者たちもすでに撤収てっしゅうしている。


 もう調査のメスが入ることがないのも見越したうえで。


「この辺り、だよね……」


 一応、辺りをキョロキョロしつつ、足元を軽くトンとやった。

 すると地面がボコボコとなって、ガキン。


 地中深くから岩盤をかち割るように、樹木がメキメキメキと伸び上がる。


 やがてはその幹と根が絡み、抱え込まれるように。

 “戦鎚のグランダム”――その石像までもが姿を現して。


 実は、あのとき――。


『ほら早く、急いで急いで!』

『構うな。一人で歩ける』


 崩落する岩窟からの去り際、アルメリアはこっそりグランダムの石像を守っていたのだ。もし何もしなければあのまま押し潰され、木っ端微塵になっていただろうが。


 その体表に植え付けた種子に干渉し、樹木となるまでメキメキと急成長をうながす。そうして崩落を内部から押し上げることによって。


 というのも。



「情けの、つもりか……?」



 そのとき低く、おごそかな声が響く。

 吸い上げた魔力を少し戻したからか、いまグランダムの石化はゆっくりと解け始めているのだが。


 そう。

 実はまだ、グランダムは完全に息絶えてはいなかった。


 生きている。

 いや、トドメを刺しきれなかった。


「だって、あのとき……」



『すまぬ、ムシウル……。セレ、ビ……ネ……』



 石化していくなか、その瞳から零れ落ちる涙を最後に見てしまったから。


「泣いてたから……」


 もっと言えば。


「それに、今だって……」


 グランダムは泣いている。

 とても弱々しい表情で、声無き涙を流し続けている。


「馬鹿な……。己が命を狙い定めた仇敵きゅうてきを、涙ひとつでゆるすとでも言う気か?」


「……そうですね。たしかに通常ならば、あまりしない選択です。殺意を向けてくる相手に容赦ようしゃはしない、それが私の基本方針ですから」


「ならば……」


「でもそれにしては戦い方が雑で、とても乱暴に見えたんです。あなたが私に向けてきていた憎しみの感情――殺意はたぶん本物だった。だから最初は、それくらい強い自信の現れなんだろうなって、そう受け取ってたけれど」


 今となっては――。


「どこか自暴自棄となっているようにも、私の目には映りました。まるで戦うことを、無理に楽しもうとしているみたいに……」


 アルメリアは思う。

 最初こそいばらの攻撃はグランダムに通用しなかったけれど、あれにしたって単なる結果論だったのではないかと。


「本当は分かってたんじゃないですか? きっとどうやっても私には勝てないだろうって。それでも引くに引けなくて」


「…………」


「わざと、死のうとしてた……?」


 核心を突きつけた後、しばらくグランダムは何も答えなかった。


 ただうつむいたまま沈黙が流れる。

 そしてゆっくりと口を開いた。


「……あぁ、そうだ。なんじの言う通り、我は死を望んでいた」


 述懐じゅっかいするように彼は続ける。




「分かっていたつもりだ。これはいくさ……。敵であれ味方であれ、死は常に隣り合わせにあると」




「同胞の死をいたんだのなら前を向け。歩みを止めず、進むこと。それこそが戦場に散っていった者たちへ、生き残った者にできる唯一のむくいにして、最大のとむらいとなる。そう信じてやってきた。戦ってきたのだ……。セレビネラをうしなったときも、そうして血の涙を呑み、必死に前を向いた」




「だがもう、仲間たちは誰もいない……。皆、先に逝ってしまった。我は独りだ。ともすれば誰かと互いを鼓舞こぶしあうことも、戦い抜いた先で勝利を分かち合うことも、もはや叶わぬ」




「だとしたら、何の意味があるというのだ……? なおもこの腕で戦鎚せんついを振るい続けることに、いったい何の意味が……?」




 彼――グランダムが望んでいた勝利とは、独りのものではない。

 仲間と共に掴み、分かち合い、たたえ合える勝利だった。


「それがあなたの……自分を終わらせようとしていた理由ですか?」


 嗚咽おえつのような声を漏らし、グランダムは頷く。


「誓って、温情が欲しいわけではない。荊棘けいきょくの魔女よ……。我とて汝に罪やとがを問おうなどと考えてはおらぬ。奪わんとしたなら、奪われる覚悟もまた持つべき。それは至極当然のことわりだからだ。弁明の余地はない。しかしなればこそ、切に頼み入りたいのだ」


「…………」


あらがいはせぬ。我もどうかここで、ひと想いに……」


 するとグランダムは巨躯きょくを揺らし、ズシリと前屈みに。

 差し出すようにこうべを垂らした。


「私のことが憎くはないのですか?」


「憎くない、と言えば嘘になろう。貴様は我が友の……ムシウルのかたきだ。しかし我はすでに敗れ去った。一度命をゆるされ、永らえておきながら尚も挑みかかろうなどと、そんな恥知らずな真似はできん。武士の名折れよ」


「ものすごく誰かに聞かせてやりたいセリフだわ」


「だから頼む、終わらせてくれ。戦友ともたちの眠るこの地にて、我も……。もう、眠りたいのだ」


 アルメリアのツッコミはさておき。

 陳情ちんじょうし、グランダムは静かにそのときを待った。


「……こればかりはもう、致し方なさそうですね」


 その言葉に、心底ほっとする。

 自死では仲間たちと同じところには逝けないのだと、それが戦神エルディアの教えだから。


「……感謝する、心から」


「ええ、その通りです。本当に感謝してください? あなたに言ってるんですよ」


 するとカポりと何やら小瓶のフタでも開けるような音がして。




「いいお友だちを持ちましたね。――蠱毒こどくのムシウルさん?」

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