072.「」
それは決行の夜。
グランダムがムシウルと交わした最後のやり取りだ。
「これで長男が死ぬのは時間の問題。手筈通り、これから僕はポーション屋の始末に向かう。グランダム、オマエは……わかってるな?」
「無論、心得ている。銀剣ジルクリフ・ガレイアの足止めであろう」
「そうだ。ただしあまりハデには動くなよ。三男坊に気取られない範囲で、時間稼ぎに徹しろ」
「承知した」
ライナルトの封殺がうまくいき、障害だったポーション屋もようやく排せるメドが立ったからだろうか。
そのときのムシウルは、以前ほど刺々しい様子ではなくなっていた。
ちなみに――。
実を言うとグランダムは、アルメリアのポーション瓶を何本か、口を付けぬまま持ち帰っている。
邪険にされるかもしれないけれど、やっぱりムシウルにも一度飲んでみてほしくて。
もし口に合うようなら、これで祝杯をあげようと思ってのことだった。
「ところでな、ムシウルよ」
「あ?」
「その、なんだ……。もしこれが上手くいったらだな」
「……?」
言いかけたのだが……。
(縁起でもない、か……)
思いとどまった。
「いや、すまん。やはりなんでもない」
「なんだ、何かあるなら言えよ」
「なに、本当に大したことではないのだ。後ほど、時間があるときに語るとしよう」
「なんだか知らないが……まぁいい、僕はこのまま融合魔蟲を取りに行くからな。ここで別れよう。終わったらムシで連絡を送る」
「フハハ、それはいいな! 言い得て妙! 文字通り、"虫の報せ"というわけだ! 相分かった、待っておるぞ」
「……フン、オマエにしちゃ上出来じゃないか。まぁ、本来はイヤな予感がするときの言い回しだけどな、それ」
「ぬ、そうであったか?」
「別にどっちでもいい。じゃあな」
そのままムシウルは行ってしまう。
「――うむ、互いの武運と健闘を祈ろう」
結局、それがムシウルと言葉を交わした最後だ。
きっと大丈夫。
何も問題はないと、疑うことはなかった。
だってムシウルは自分よりずっと頭が良くて、強いから。
先に斃れるとしたら疑いようもなく自分だ。
そのときはついに名実ともに孤独のムシウルになってしまういうわけで。よし、次のギャグはそれでいこうと決める。舌鼓を打ち、次の再会を今か今かと楽しみに。
でも――。
「何故だ、ムシウル……」
彼からの音信が届くことは、ついぞなかった。
「何故……」
――ゆえに誓ったのだ。
遺品一つ納めてやれなかった同胞たちの墓前に復讐を、報復を。
血の味とともに噛み潰した怨念と共に。
「レドックス・ガレイア……ッ!」
その男だけは何としても、どんな手を使ってでもこの手で討ち果たすのだと。差し違えてでも。
「待っていろ。おまえたちの仇、そして無念は……この我が必ず……!」
そんな血盟を胸に刻み、グランダムは琥珀のなかで"眠り"に付いたのだった。
またこれは余談だが――。
そもそも2人からは繰り返し、言い含められていたことだ。
銅剣のレドックスは元より、自分だけは何があっても魔女に近づいてはならないと。
『なに、近づくなだと!? それは何ゆえだ!?』
『何ゆえだ!?じゃねぇだろ、当たり前だろうがバカ! 少しは考えろ!』
つまり。
『言ったろうが。あの魔女は植物系統の魔法を操る。土がメインのオマエじゃ、どうしたって分が悪いんだよ』
『そんなもの、やってみなければ』
『やんなくても分かりきってるから言ってんだ。知らないのか? 岩や地面タイプは草タイプと相性が悪い、なんなら最悪だ。どの技も効果抜群って相場は決まってんだよ。覚えとけ。だからオマエは大人しく、相性のいい雷タイプだけ相手にしてればいいんだ。僕の言った通りにな』
『そもそもアタシやムシウルでも手に負えなかったのに、アンタに太刀打ちできるわけないでしょうが。悪いこと言わないから、やめときなさい』
『し、しかしだな。我も武士の端くれ、この身を賭して一度くらいは手合わせ願いたいもの……』
『ぃや・め・ろッ!!!』
『"一度くらいは"じゃないわよ! その1回で死なれたんじゃシャレにならないわ! アタシたちの負担が増えるじゃない!? 親切で言ってあげてるのが分からないの!?』
『ただでさえグリムガルドの奴が犬死にしたせいで、もうこっちには数に余裕がないんだ! やりたきゃせめて銀剣をやってからにしろ! つまり最後の最後だ! ただし一度だけだからな! それが済んだらあのクソ女は3人がかりで確実に潰すッ! いいな!?』
『むぅ……委細、承知した』
そんなやり取りがあったから――。
本当はもう、心の奥底でとうに悟っていた。
相手が銅剣であれ、件の魔女であれ。
二人の仇など、自分に討てるはずもないと。
それでも……。
それでも引けなかったのだ。
たとえ無謀でも、蛮勇だろうとも戦った。
せめて一矢を報いたくて。
けれど――。
どうやらそれも、ここまでらしい。
「すまぬ、ムシウル……。セレ、ビ……ネ……」
意識が遠のき、やがては消えていく。
せめて先に逝った戦友たちに、向こうで再会できるように。
それが"戦鎚のグランダム"、彼の抱いた最後の願いであった。




