120.「」
レドックス・ガレイアが行方不明となった。
その報せを皮切りに、ようやく戦況として落ち着きつつあった要塞ギルドは、再び騒然とした混乱の渦中に投げ込まれることになる。
「ライナルトさん、大変ですッ!」
彼の行方を追った冒険者たちからの急報を受け、青ざめた顔で執務室に駆け込んできたのは衛兵の一人だ。
「どうした!? 何があった!?」
「それが……!」
彼の報告によれば、少しまえ。
突如として森の奥から魔獣が氾濫するように溢れ出し、捜索に向かった冒険者たちを次々に襲い始めたのだという。
それもただの魔獣ではない。
頭部には木の根のようなものが張りつき、まるで寄生するかのように肉へと食い込んだ、見るに異様の――。
「まさか……!?」
聞いた瞬間、ライナルトは確信した。
やはりアルメリアが示した懸案の通り、セレビネラはまだ生きていたのだと。
「しかも、その多くが死体であると……! まるで何者かに操られているかのように動き出し、森の至るところで冒険者たちが交戦中とのことです!」
「だろうな……!」
そう――セレビネラは死体すらも操る。
過去には、切り落とされた魔獣の手足にまで寄生し、自立して動き出したなんて事例さえあったか。
故にいかに早くセレビネラを討ち斃せるかが、この攻防戦を左右する鍵でもあったのだ。そのため最大戦力であるレドックスに討伐を託したし、なけなしでも無いよりマシな備えとして、除草用の魔道具も開発された。
だというのに――。
「一部報告によれば、毒蟲たちまで蘇っていると……!」
(まさか本当に……! くそっ……!)
悔しげに歯噛みしつつ、ライナルトは衛兵に告げる。
「たしか対セレビネラ用の魔道具はまだ残ってたはずだよな!?」
「はい、倉庫に保管されたままです!」
「よし、それを全員に持たせろ! すぐに増援を回すんだ! 状況を把握次第、俺も出る!」
「分かりました!」
「それとギルドの集会所にジルを呼んでおいてくれるか! ポーション屋のアルメリア・リーフレットもだ、大至急で頼む!」
言いながら席を離れ、ツカツカと足早に動き出していた。その旨が別の兵士に伝達され「はっ、ただちに!」と駆け出す。
(レドも居ないこんなときに……くそ、厄介なことになった! いや、そもそも無関係のことではないのか!? いったい、何がどうなっている!?)
必死に冷静さを言い聞かせながら、ライナルトの思考は目まぐるしく巡っていたが。
「すみません、ライナルトさん。実はもう一つ、お耳に入れておきたいことが……」
その後ろに付きながら、小声で耳打ちしたのは最初に駆け込んできた衛兵だ。
「朗報か?」
「……いえ」
「だろうな……。で、なんだ?」
口ぶりからしてまったく期待はしていなかったし、悪い知らせなんて小出しにされたくないが。
滅入っている場合ではない。
焦りを紛らわすためにも軽い冗談を挟みながら、ライナルトはその詳細を促す。
「それが……」
そして彼はとても言いづらそうに言葉を探し、重たく口を開くのだ。
(おいおい、これ以上悪い報せなんかそうないぞ……!? 頼むから軽いやつであってくれよ……!)
一方で「この際だ、ドンと来い」とも腹を括っていたライナルトの期待や限度を大きく裏切り、無惨に打ち砕く最悪の報せを。
「な、に……ッ!?」
刻を同じくして、その頃――。
鬱蒼と生い茂る森の闇を背に、巨大な影がゆっくりと、重々しい足取りで森の外へと向かっていた。
ズシ、ズシリ。
傾きつつある陽光が差し込むたびに、その姿は木々の影に紛れながらも、輪郭だけが黒々と浮かび上がっている。
そして、その行手を――。
蘇った屍の魔物たちがまるで忠実な下僕であるかのように先導し、道を切り開いているのだ。
魔物たちの復活は、今なお続いている。
また一匹。
シュルリと、どこからともなく伸び出した根がそのとき、横たわっていた毒蟲の残骸――その頭部に絡みつき、ビチリと深く根を張った。
するとそれはたちまち、ぎしりと軋む音を響かせながら不気味にその身を起き上がらせる。
やがては迷うことなく、ほかの屍たちと進路を同じくして。
ギコギコ、ワラワラと地を這うように前進していった。
そうして軍列を成すかのように、その影を中心に敵勢はじわじわと広がり、森奥から勢力を増しつつあるのだ。
そして――。
「嘘、だろ……ッ!?」
偵察に出て、その姿を遠目に捉えた冒険者のひとりが、震え声でこう証言したのだという。
いまギルドに向かって行進している軍勢。
その首魁と目される黒影は、そう。
――銅剣シャンバラを手にした、黒い毛並みのワーウルフに違いなかったと。




