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118.「」


「理由はいくつかある。まずひとつは――もしセレビネラが本当に生きていたとして、その目的が読めなかったからだ」


「目的……?」


「あいつは特別頭がキレる方じゃないが、バカでもない。逃げるはずだ。死をよそおったところまでは作戦としてありだとしても、僕がオマエにやられた時点で。どう転んだって、もう勝ち目なんかないんだからな」


「合理的ってこと?」


「そうとも言える。少なくとも、あそこにいる正真正銘のバカみたく、負けいくさだと分かってまで敵討ちを考えるようなタイプじゃない。間違ってもな」


 ほれほれと、いつの間にか遠くで蝶々を追いかけ遊んでいたグランダムを見やりながらムシウルは続ける。


「にも関わらず、アイツがまだこの森のどこかに身をひそめてるんだとしたら……理由が分からない」


「動けないくらいの深傷ふかでを負ってるとか?」


「だったら尚さら助けを求めて出てくるはずなんだ。僕たちがオマエと一緒に行動してることだって、もうとっくに気付いてるだろうしな。アイツのことだ。安全だと分かれば、体を引きずってでも白旗振って出てくるぞ。保護を求めてな」


「私、あなたたちの避難シェルターじゃないんだけど……」


 でも確かにそんな気はした。

 かつて対峙したときも、セレビネラは劣勢をさとるや否やひれ伏し。


『お願いよぉお! 謝る、謝るから命だけは助けてちょうだい〜ッ!!』


 涙をちょちょ切れさせながら、命乞いしていたから。


『もう近づかない?』

『近づかない!!』

『絶対?』

『絶対!!』

『……そ、なら帰ってよし』

『本当!? 本当に見逃してくれるの!? そんな人の良さそうなこと言って油断したところで後ろからバキュンとか……』

『しないから』

『ほんとね!? ほんとにほんとなのね!? はぁああもうほんっと恩に着るわあぁっ!!!』


 清々(すがすが)しいくらいに調子は良かったが。

 とにかく、それで見逃してあげたのをよく覚えている。

 比較的、親しみやすそうなキャラではあった。


「アイツ、そんなことしてたのか」

「素直だったわよ。どこかの誰かさんと違って」

「…………」


 またもムシウルは黙り込んでしまっだが、さておき。

 だから余計に不可解なのだと言う。


「抜けがけを考えるような性格でもないし、グランダムのことだって知ったら止めてたはずだ。我が身優先とは言ったが、助けられる仲間まで見捨てるほど薄情なヤツでもない。でもアイツは出てこなかった。いや、出てこられなかったのか……? そんな風にも思える」


 ムシウルの話では、感知しかけた二度とも、気配の消え方がどこか不自然だったみたいだ。おそらくセレビネラは救難信号を送っていたものと思われるが。


 まるで、そう。


「途中で何か、もっと大きな気配にさえぎられたみたいな……」

「もっと大きな気配……?」

「それ以上のことは僕にも分からない。でも気になるから話した。それだけだ。あとは……」


 "それだけ"と言った直後に、すかさず"あとは"と続いて、思わずツッコミかける。でも思いとどまったのは、そのときムシウルがふと神妙な面持ちとなって、遠い目を向けたからだ。


 何やら大事な話をしていると空気を読んだか、まだそこで遊んでいるグランダムを見やりながら。


「もし本当にセレビネラが生きてるんだとしたら、アイツが喜ぶ」

「……つまり、助けてあげてほしいってこと?」

「それと」

「ねぇ、さっきそれだけって言わなかった? これでしれっと二つ目なんだけど」


 無視されたうえにさらに追加されて、さすがに突っ込まずにはいられなかった。するとムシウルがいたく不服そうな顔をして。


「埋め合わせだ。せめてものな。安心しろよ、別にこれで全部埋まりきるとも思っちゃいないさ」


 ムスッとそれだけ告げると、ムシウルはプーンと行ってしまう。

 そのままグランダムの肩にとまって。


「…………」


 言葉足らずなことだが。

 たぶんムシウルなりに謝意はあって、なにか予期しない危険が迫っているやもと、そう伝えたかったのだろう。


「素直じゃないんだから」


 ため息をついた。

 無論、信じたわけではないし、気持ちをんでやる義理もないのだが。


 アルメリアは知っている。

 思い出す。


『すまぬ、ムシウル……。セレ、ビ……ネ……』


 かつてグランダムが零した涙を。


『かたじけ、ない……』


 ムシウルの生存を知ったとき、同じようにそう声を震わせたときのことも。


 叶うことならあのとき、もうひとつも返してあげたかった。だけどもうそれは間に合わなくて、諦めるしかないものとばかり思っていて。


 そして遺品ひとつすら納めてやれなかったという墓のまえで、今も彼はセレビネラのために毎日、鎮魂の祈りを捧げ続けているのだ。


 だからだろう。


『グランダムにはまだ言わないでくれ』


 ムシウルはあらかじめ、そう言い添えた。

 安易に期待だけさせて、後で突き落とすような結果だけは招きたくなかったから。


 それで自分を頼ったと言ったところか。

 仕方ないのかもしれない。

 グランダムを頼れなければ、いま大きく力を失っている彼には他に宛てもなかっただろうから。


(無視されたまま返事がなかったのだけは、ちょっと不満だけど……)


 まぁ大目に見てあげることにする。

 そして同じく、叶えてやりたいとも少しだけ思った。

 今そこにいるのはグランダムとムシウルの二人だけだけど。


 もしそこにセレビネラも加わったら。

 また三人が一緒になれる未来があるなら、何というかとてもみぎやかそうだから。


「わかったわ。とりあえず信じてあげる。協力するから、もしまた同じことがあったらすぐに教えなさい」


「……フン」


「フンじゃないでしょう。もう少し何かないの?」


 合流してから了承する旨を伝え、曲がりなりにもお礼の一言くらい引き出してやろうとしたところ。


「やれ、先ほどから何を論じておるのかは定かでないが」


 ひょこっと横から顔を出したのはグランダムだ。


「ムシウルよ、かようなときは素直に謝辞しゃじを述べるものだ! ありがとうとな! ただし、なんじの場合は単なる“有難い”の方ではなく――」


「黙れ」


「"ありが十匹"の方であるがな! 尽きせぬ感謝の数だけズラリと並び立てるがよいぞ! ありったけの誠意が伝わろう! 蟻だけにな! して、そうだな。さらに洒落シャレを効かせるならば」


「だ・ま・れッ!」


「十かけ十の総じて千匹でどうだ!? まさしく重重じゅうじゅうの感謝というわけよ! 億劫おっくうならばいっそ、蟻塚ありづかごとささげてしまうも十全にアリだ! やはり蟻だけにな! フハハハハッ!!!」


「黙れつってんだろうが、このクソエセ武人がァ!!?」


「深刻に要らない……」


 そんなこんなで、結局それもウヤムヤとなってしまった。

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