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115.「」


 ギルドの執務室。


「そうか、ちゃんと仲直りできたんだな。それは良かった」


 ひとり、そう呟いたのはライナルトだ。

 たった今ルミナリスから届いた伝心しらせによれば――ジルクリフがきちんと頭を下げて謝罪し、それをアルメリアが受け入れたらしい。


(向かわせたはいいが、まさかまたこじれたりしてないだろうな……)


 なんてヒヤヒヤしていただけに、ようやく胸をなで下ろせる。

 禍根かこんを残さなくて何より……と。


「これで一安心だな」


 ギィと椅子を揺らし、静かな窓の外を見上げながら深く安堵の息をついた。これで残る心配があるとすればひとつ、アルメリアが頑張ってくれているレドックスの首輪の件だが。


『まぁそれも、当分は大丈夫なんじゃない?』


 キィイインと鋼を響かせるように、言葉を返してくれたのは腰のルミナリスだ。


『あの首輪を自力で外せたってことは、それだけ力が有り余ってて、まだまだヨユーがあるってことなんだし』


 「まぁな」と応じる。


 ルミナリスの言う“力”とは、肉体ではなく精神的な意味合いでのことだが。

 彼女の言う通り、もしレドックスの精神汚染が進んでいたなら、あれを自力で跳ね除けるなんて芸当ができるはずもないからだ。


 大いに余力を残しているからこそ、あの束縛を弾き返すことができた。


 たとえるなら――。

 もともと三つ巴でせめぎ合っていたところに「待たせたな!」と四人目となる援軍が駆けつけたのだが。レドックスがやったのは「誰だオメェ? なに勝手にしゃしゃり出てんだ」とばかりにガン飛ばし、敵味方の区別なく全員を同時にねじ伏せ、制圧してしまったということ。


 そうでなければ、あの結果(アルメリアがひどい目に遭わされてたとき)のようにはならない。


『ちょっとなにそれ! あんたの弟、本気でバカなんじゃないの!? どんだけタフなのよ!?』

『まったくだよなぁ。今さらだけど、ほんとにバカげてるよ。我が弟ながら……』


 その結論に至ったときは、トホホとなったものだが。


 だから少し、話が妙なことにはなっていた。

 アルメリアは首輪を付けるために頑張ってくれていたけれど。


 なぜそれを振り解くだけの余力がレドックスに残されていたのかと言えば当然、アルメリアの血のおかげだったわけで。


 つまり彼女は、一人相撲を取らされていたようなものなのだ。


「アルさん、気付いてたかな? そのこと」

『さぁ。でも、たぶん気付いてないんじゃない?』

「だよなぁ。知ったら怒るかなぁ?」

『怒るかもね。でもまぁいざってときの保険として必要だったのは確かなんだし、わかってくれると思うけど』

「だといいんだが。ま、聞かれたときに白状すればいいか」

『そんなのばっかじゃないのよ、あんた。私は知らないからね』

「ええー、そりゃないだろルミさん。そう言わないでくれ。俺たちは運命共同体、だろ?」

『どうかしら? 私もその気になれば、使い手にダメージを肩代わりさせることくらいできるけど?』

「怖いこと言うなよ」

『ま、さすがにブラックジョークだけど』


 ルミナリスが言ったのはつまり、打ち合いのなかで魔剣が負った損傷を、その気になれば剣の持ち主に反射することもできるということ。


 最後は冗談で締めてくれたので助かったが……。

 実はこれが単なる笑いごとではなく、冗談で済まされないのが銅剣シャンバラだ。


 シャンバラはその柄を握る者が相応しいかを、常に裁定さいていしている。そして、もしそうでないと判断すれば、ためらわず所有者を敵の刃に差し出すというのだ。


 魔剣が負うダメージを持ち主に転写させることもあれば、最悪シャンバラ自らが持ち主の意識を奪い取り、その胸を差し貫くこともある。


 だからレドックスはかつて、執拗しつようにアルメリアへの挑戦を続けたのだろう。シャンバラに認められこそしたものの、一度でも敗北した事実をシャンバラがどう裁定するかが読みきれなかったから。


 それでやめれなかった……のかもしれない。


(単純に本人の性格の問題で、勝ち逃げされるのが気に入らなかったってだけな気もするが……)


 真相は本人のみぞ知るわけだが、さておき。




 脱線した。

 話を戻して、そう。


「そうだな。首輪が付いてくれることに越したことはないが、彼女がいればレドももう大丈夫だ」

『愛想だけ尽かされなきゃいいけどね。ほら、口開けば下品な下ネタばっかじゃない、アイツ。私のことも前になんて言ったと思う? 金タマ女よ? 男を取っ替え引っ替えしてバーゲンセールとか試着フェアとか、もうホントに言いたい放題だったんだからっ! こないだなんて、おまえらって生理とかあんのかって面と向かって……』

「あっはっは」

『なに笑ってんのよ!?』


 思わず膝を叩いて笑ってしまったところ、ルミナリスに叱咤しったされてしまった。ごめんごめんついと目尻を拭いつつ。


「まぁそこは大丈夫じゃないか? 彼女もなんだかんだ面倒見がいいっていうか、レドのことそこそこ気に入ってくれてるみたいだし」

『そこそこっていうか、かなり入れ込んでない? あれ。そう見えるんだけど』

「かなり危ないところを助けられたって話だからなぁ。彼女なりに何か恩返しをしようとしてくれてるってことじゃないか?」

『ならいいけど……』

「やっぱり、心配か? あぁ勿論、レドのことだけじゃなくて」

『……そりゃそうよ』

「そうだよな」


 少しだけしんみりした。

 ルミナリスの悲願を知っているからこそ――そして気持ちもよく分かるからこそ、ライナルトも安易あんいに言葉をかけられない。


 でもそこは信じるしかないのだ。

 レドックスが何とか、やり遂げてくれることを。


「きっと大丈夫だよ。ルミもよく知ってるだろ」

『……?』

「アイツ、図太いから。思ったことなら何でも言うし、公序良俗こうじょりょうぞくもお構いなし、どこ吹く風ってくらいの鋼メンタルだからさ」

『…………』

「だからきっと、やってくれるよ」

『……そうね。しゃくだけど、そこは信じるしかないわ』


 それから励ますように、ニッカリ。


『ありがと』

「おう」


 手に取った相棒に、笑いかけるライナルトだった。


 そんなこんな、気付けば励ます側と励まされる側が入れ替わっていて。

 互いを支え合うという、まさに金剣のモチーフらしい在り様にたどり着けたことに、なんだか感慨深さみたいなものを覚える。


 これでようやくと、一息つきたくなっていたときだ。


『ところでライナルト、さっきのあの子の話だけど……』

「あぁ俺もな、丁度そのことが気になっていたところだ」


 ルミナリスからも振られる。

 そう、まだもうひとつだけあるのだ。

 直前、アルメリアから追加されてしまった懸念材料が。


 そのときライナルトが引き出しから取り出したのは、さっきのアルメリアとの会話で出てきたキューブ型の魔道具と同じもの。



『しかし、なぜ今さらこんなものを……?』

『……そうですね、わかりました。内容が内容なので、伝えるにしてもちゃんと確証を掴んでからにするつもりでしたが。ライナルトさんには先に話しておきます』



 さっきアルメリアが示唆した可能性。

 机に置いたキューブを指先で傾けながら、それを吟味ぎんみする。


「まさかとは思うが……」

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