114.「」
そう、これはアレだ。
例のアイテム――"従魔の首輪"。
少しまえレドックスに装着を試みて、調子に乗ったところを返り討ちにあい……アルメリアが散々な目にあわされた、あの首輪である。
でもまさか、あれで終わり――チャンチャンの幕引きではない。
実を言うと今日まで、アルメリアのミッションとして続いていたのだ。
仕方ないだろう。
ライナルトも言っていたことだが、たしかにレドックスがほかの兄弟の言うことを素直に聞き入れるとは思えない。
そんな役回り、アルメリアとしてもごめん被りたいのは山々だが……。
なし崩し的に請け負わされる形となった。
『よぉピィスケ、裏でなにコソコソしてんのかと思えば……カッ、手荷物に首輪持参して立ちんぼかよ。さてはこないだので味をしめたな? すっかり目覚めちまったか? だったらいいぜ、また付けて』
『やだっ! やだぁああああっ!!』
何かしらやり用はないかとアレコレ考えてはみたものの、結局付けても自力で外せてしまうのだから意味がない。
だから根気強く、説得を続けていたわけだ。
これを付けて、そして外さないでと。
でもプライド的な問題なのか、レドックスはガンとして受け付けようとしなかった。それで今日こそはと食い下がっていたところ、この除草剤事件に発展したわけだが。
そこで改めて首輪を取り出し、打診してみたところ。
「それとこれとは別問題だろーが」
まぁわりと、もっともなことを言われてしまう。
無論のこと、こんなやり方はアルメリアとしても本意ではない。
できれば取りたくなかった選択だ。
だって、そうだろう。
たしかに今回レドックスの犯したことは、相手がアルメリアでなかったとしてもマズいやらかしだ。でも彼なりにたぶん反省はしてくれていて、負い目があったからこそ来てくれたのも事実だと思う。
わざわざ手土産まで用意して、見舞いにまで足を運んでくれたというのに。いまアルメリアのやろうとしていることは、その気持ちを逆手に取り、利用する行為なのだから。
場の空気に乗じて、ちゃっかり自分の主張を押し通そうとしている。
何というか、よくないことだ。
そういうのは。
卑怯というか。
ズルいし、いただけない。
そう受け取られても文句は言えないのだが……。
「でもほら、やっぱり心配は心配だし」
心の中で指先をツンツンさせながら、チラチラと相手の顔色を窺うように打ち明けたその気持ちにも嘘はないのだ。包み隠さぬアルメリアの本音で、すでに再三に渡ってレドックスにも伝えていること。
「たしかに、私がいれば当面は持ちこたえられるとは思うけど。この先、何がどうなるかなんて分からないし……。備えは多いに越したことはないに決まってるでしょう?」
とくに気がかりなのはシャンバラのことだ。
だからこそ、それ以外の不安要素はできるかぎり取り除いておきたい。
「それにレドがこうなっちゃったのだって、半分は私のせいだし……」
その負い目があるからこそ、アルメリアの訴えは切実だった。
「だからね、お願い。分かって、レド。あなたのためなの。お兄さんたちも心配してるし……それに、あなたにもしものことがあったら、私だって……」
「……私だって、なんだよ?」
「すごく、落ち込む」
「ハッ、溜めてそれかよ」
「それかよって何! 本気で心配してるんだから!」
「そーかよ。よけーな世話だな」
「そんなことないッ!」
そこまで熱を込めても、まるで真剣に受け取ってくれないレドックスに、気付けば声を荒らげていた。どうしたら伝わるのかと、アルメリアは必死に言葉を探し――そっと居住まいを正す。
「あのね、聞いてレド。もしあのときレドが来てくれなかったら、たぶん……ううん、確実にいま私はここにいないと思う。あの暗い場所にずっと囚われたままだった。だから本当に感謝してる。どれほどのことをしても全然足りない、まったく返しきれないだろうなってくらいに」
「…………」
「でもだからこそ、もうこれ以上危ない目に遭わないでほしいのよ。遭わせたくないし、私にできることなら何でもしたい。やらなきゃって、自分に決めてる。これも、そのひとつだと思うから……」
ダメ?
首輪をギュッと握り、それがアルメリアにできる最後の陳情だった。
沈黙の末。
「……チッ。いきなりデケェ声出したかと思えば、今度は長々としみったれやがって。礼がしたいつって首輪ぶら下げてくる奴がどこにいんだよ。ヘンタイか? ドヘンタイか?」
「レド……」
「首輪プレイする趣味なんざ、こっちにはネェつってんだろーが」
届かない。
またいつものように茶化されて終わってしまうのか。
「おまけに、テメェのためにやってるときやがった。恩着せがましいったらねぇ。やっぱオメェ、カァちゃんかよ」
そんな不安が過ぎってしょんぼり、視線を落としかけたときだ。
「いや。ここまできたら、もう毒親だな」
言いながらクンと、レドックスが首を傾けたのは。
「……え?」
「オラ、やれよ。がら空きの首晒してやってんだ。とっととやれ。さっさとやれ」
「……いいの?」
「オメェが付けてぇつったんだろうが。モタモタしてると気が変わんぞ」
「本当に……!?」
「ただし」
もの凄い凄みとともに、声が被せられる。
「もしまた俺を犬っコロ扱いしたら、分かってんだろうな? 今度こそ容赦しねぇ。いつ何処だろうとマジの秒でブチ犯すぜ。こないだみたくエサ皿だけで済むと」
「うん……! うん……っ!」
「……なに返事弾ませてんだ。オマケにわかりやすく前のめりがやって。まんざらでもねぇのかよ」
「待って! 待ってね、いま付けるから……! こないだのもごめんね!」
あまり聞いてなかった。
ただ頷いてくれたことが嬉しくて、いそいそガチャガチャと首輪を付ける。
当人がその気になればいつでも外せてしまうので、拘束力こそないが。
大事なのはこの首輪が、人狼化の呪詛を抑え込んでくれるということ。
そして、カチャり。
ようやく装着できたとき、思わずヨシヨシしてしまいそうになった。
頭のうえに伸び、触れかけた手がピタと止まって。
「……やっぱり、これも禁止?」
「やってみりゃいいだろうが。すぐに分かんぜ。思い知らせてやるよ」
「ううん、やめときます」
ウギギとあからさまに牙を剥かれたので、差し控える。
「でも良かった。これで一安心。ありがとね、レド」
「けっ」
それから幾つか、軽い約束ごとを取り決める。
勝手に外さないこと。
外さないといけないときは、なるべく早く付け直すこと。
エトセトラ。
ちなみにさっき出てきた、毒親というワードになぞらえてだろうか。
ドクダミ。
テングダケ。
チョウセンアサガオ。
それから暫し、アルメリアが相槌を求めるたび、レドックスは低く唸るようにそんなラインナップで応じるようになった。
「ところで知ってる? ドクダミって名前にドクって入ってるから勘違いされやすいけど、実際に毒性はないのよ」
「……ヤブガラシ」
「うん、それも違うかな」
「……ラフレシア」
「それも匂うだけね」
マメ知識を挟みつつ、ふと思う。
「ていうか、ラフレシアが言えるなら私の名前だって言えるはずよね。音近いし、言ってみて。ほら、私の名前は?」
「ラフレシア」
「アルメリア」
「ラフレシア」
「もう意地なのね……」
また妙な呼ばれ方こそ増えてしまったけれど。
まあこの際だ、余計な突っ込みも入れないことにする。
「ラフレシア」
「はいはい」
「ラフレシア・ピィフレット」
「……はいはい」
どうやらフルネームも、ちゃんと覚えてはいたらしい。
それを意外に思いつつ、やれやれ風にスルーするアルメリアだった。
「ピィスケット」
「人の名前で遊ばないの」




