111.「」
ジルクリフの対応が終わり、バルコニーに出る。
屋根上を見上げればやっぱり、そこにいたのはレドックスだった。
いつもなら決まり文句のように「よぉ、ピィスケ」から始めてきそうなものだが。
「…………」
彼は何も言わず、ただじっとこちらの機嫌を窺うように見下ろしている。どこかバツの悪そうなその様子は、まるでイタズラをして叱られるのを恐れ、隠れている犬のようでもあった。
(まったくもう……)
さっき「そんなことあるものかっ!」なんてジルクリフは断固否認していたけれど。
(どこがよ、そっくりじゃない……)
文句のひとつも言いたくなる。
なにせこの兄弟ときたら、こちらに何かしら用向きがあって病室を訪れたにも関わらず、二人揃って立ち往生。踏み入ろうにも踏み入れず、長いことウロウロモジモジしていたのだから。
何してるんだろうこの人たちと思いながら、どっちが先かな〜とアルメリアもしばらく待ってみたが。両者とも、一向に動く気配がない。
だから仕方なくこちらから腰を上げ、先にジルクリフの方から済ませたと。
そんな次第だった。
しばらく睨めっこが続いた、そのときだ。
ドスン。
無言のまま、レドックスが上から何かを落としてくる。
わりとズッシリめな袋のようだが、何かと思えば。
<育つよろこび、やさしい土から>
ビニールには、そんな踊るような書体のキャッチコピーに加え、ニコニコとご機嫌そうに微笑んでいる双葉のキャラクターがデカデカと印刷されている。
それ即ち、肥料の袋だ。
もう少し詳細には、アルメリアがスーランパパから定期購入している、とてもお気に入りの品である。
『ウチで使ってる肥料を分けて欲しいって、そりゃ構わねぇが……。何に使うんだ? 家庭菜園でも始めんのかい?』
『うんと、まぁそんな感じですかね。ちょっとお試しで……』
なんて言いつつ、実は自宅でこっそり足湯に浸かっているのだ。
これを溶かしたお湯で足をチャプチャプすると、なかなか気持ちいいもので。
『泥水溜めたタライに足浸けて、なにひとりでホッコリしてんだ、オメェ?』
『わっ、レド!? いつから居たの!?』
いつだったか。
庭先でタライの中にしゃがみ込んでウフフとしていたところを、レドックスに目撃されたこともあった。そのうえで今、レドックスが落としてきたのがまさに、それと同じ銘柄の肥料なのだが。
「つまり、お見舞いに持ってきてくれたってこと?」
「手ぶらじゃナンだろーが、こーいうのは。ジョーシキだぜ」
聞けばやっと、不貞腐れたような返事もあって。
「俺ァな、気が利くんだよ。どこぞのホモグリフとか事故グリフとは違ってな」
なんか勝ち誇っていた。
そして再び、沈黙が流れる。
「……んだよ」
まぁ言いたいことは色々とあるのだが。
「何でもいいけど、とりあえず降りてきたら?」




