107.「」
それから数時間後、ある病室のまえ。
「…………」
扉を見つめたまま立ち止まり、長いこと動けずにいる男がいた。
整った顔立ちに、長い銀髪を後ろでひとつに束ねた青年。
全体的に白を基調とした装いで、腰には銀の剣を帯びている。
――そう、銀剣ジルクリフ・ガレイアである。
グランダムとの交戦で負傷した彼は、しばらく入院生活を余儀なくされていた。退院できたのも、つい最近のことなのだが。
どうも今日の昼下がり、アルメリアが緊急搬送されてきたらしい。
いったい何があったのかとライナルトに尋ねてみれば。
『毒……?』
『あぁ、ルミナリスが言うにはな。あのまま放っておいたら危ないところだったかもしれん』
わりと深刻な容態だったそうだ。
ルミナリスの浄化作用で落ち着き、そのときはまだ眠っていたようだが。
『だが、毒とはどういうことだ? 今さら新手の毒蟲が湧くわけもないだろう?』
『そこはまぁ起きたら聞きに行ってみるよ。ちゃんと教えてくれるといいんだけどなぁ』
で、しばらくして行って帰ってくる。
「おーいジル」と声がけされたので、改めて聞いてみれば。
『アレルギー……?』
とのことだった。
『あぁ。生まれつきのもので、うっかり食べちゃったんだと。まぁあまり深くも聞かなかったよ。今さら詮索するのも悪いし。それにほら、彼女の場合、俺たちに言いたくないことだってあるかもだろ?』
とのことで、原因はよく分からない。
だが妙に引っかかるのはライナルトの口ぶりだ。
さっきと今とで随分トーンが違う。
深刻な雰囲気が消えて、やけに軽くなったような。
何か隠してそうではあるが……。
『だからジルも、そこはそっとしといてやれよ』
ここは話を合わせておくことにした。
すると何やら、意味ありげに肩ポンされて。
そのニッカリ笑顔から、何を言わんとしているかは大体察しがつく。
『俺も見舞いに行けと……?』
『そういうことだ。そりゃそうだろ? あの子にはさんざん世話になってるんだからさ、俺たち』
そうだが……。
『それに言わなくちゃいけないことだってあるんじゃないか? 結局まだ、言ってないんだろ?』
そうだが……。
『そらみろ。ほら行った行った。善は急げってな』
にこやかに背中をポンと押され、送り出される。
『そうだが……』
立ち尽くしたまま、扉をマジマジと見つめて。
それきり、一歩も踏み出せずにいた。
ここでちょっと余談なのだが――。
実を言うとジルクリフはもう、アルメリアの正体が擬人化マンドラゴラであることを知っている。
ライナルトが漏らしたのではない。
なんなら当人も自分がすでに知っているとは、夢にも思っていないだろう。
当然、レドックスも違う。
まず会話にならない。
ではどこから伝わったのかというと。
答えは金剣ルミナリスだ。
ルミナリスとアルシャジオ、そしてシャンバラ――金・銀・銅と三つの魔剣に宿る意思は、実は深層でひとつに繋がっている。
だから過去、ライナルトの危機にジルクリフは駆けつけられたし、ライナルトも兄弟喧嘩の仲介に駆け込むことができた。ただシャンバラだけは一人、自室に引きこもってるような状態で、少なくとも向こうから何かが共有されることはないそうだが。
さておき。
パーティの夜、ルミナリスがアルシャジオに伝えたのである。
――ねぇ聞いて、アルシャ聞いて! 超超超ビッグニュース!! やっぱり私の予想当たってたのよ!!!
みたいな感じで。
ルミナリスはお喋りだ。
そそっかしくて、お転婆な一面もある。
おそらくネタバレ欲に駆られ、ウズウズを抑えきれなかったのだろう。
――そう、擬人化魔樹だったの! しかも何の魔樹だったと思う!? 答えはねー!
ドゥルドゥルドゥルとほぼライブ中継で、すべてをアルシャジオに共有してしまった。
そしてアルシャジオもまた、主人を想っての行動には違いなかったのだろうが。
――ジルクリフ様、いま少しお時間宜しいでしょうか。たったいま、ルミナリスから共有があったのですが……。
そう淑やかに、ジルクリフにも打ち明けて。
後からルミナリスがギャアアとなって、ごめんアルシャさっきのなしやっぱり言わないでと慌てて口止めはかけたみたいだが。
とっくに手遅れだ。
そんなわけでジルクリフももう、すべてを知ってしまっている。
かつて当人も全否定していたようにアルメリアの正体がこれぽっちも魔女なんかではなかったこと。そして他ならず、彼女がレドックスのために身を削ってくれていたことも。
それにしても、文句のひとつも付けたくなる。
(なんだ、擬人化マンドラゴラって……)
そんなの見たことも聞いたこともない。
仮にライナルトがそんなことを言い出したのなら、たぶん少しまえの自分なら黙ってない。
まさかそんな話を間に受けたのかと激昂する。レドックスなら、つくならもう少しマシなウソをつけこのタワケがと相手にもしなかっただろう。
だが、もはや疑うわけにはいかないのだ。
なにせアルシャジオが言うのだから。
彼女が自分に嘘や口から出まかせを言うとは思えない。よって、それが真実なのである。
(まったく……)
どこか抜けてるところまでソックリな主従のせいで、とんだ板挟みに合わされたものだが。
それで余計に合わせる顔がなかった。
今まで自分がアルメリアに容赦なく差し向けてきた敵愾心と、窮地を救われたことを思えば尚のこと。
「どうしろと言うんだ……」
途方に暮れていたときだった。
開けるに開けれなかった扉が、内側からそっと開けられる。
「あの、さっきからそこで何してるんです?」
気持ちチェーンロックがかかってるくらいの隙間から、アルメリアがジトりと警戒の眼差しを向けて。
「気が散ってゆっくりできないんですけど」
――どうも気づかれていたらしい。




