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106.「」


 あくる日の昼下がり。

 アルメリアのポーション店。


「まぁ、なんて柔らかでまろやかな味わいなんでしょう。心がほどけていくようですわ」


 とかの間でくつろいでいたのはギルダ・ティーンレイクだ。

 茶柱の立った湯呑み茶碗を手に、ホッと一息ついている。


 もともとギルダは紅茶ティーひと筋で、和茶にはえんがなかったのだが。


『あら、スーランさん。そのお茶、少し濁っておりますわよ。色もやや……いえ、だいぶ緑みが強いようですが……?』

『えっ?』

『ところで容器の形状もとても独特ですね? 縦長ですし、ゴツゴツして……まるで岩肌みたいに……?』

『緑みって。だってこれ、緑茶だよ?』

『りょ、りょく……ちゃ……?』

『ええー! もしかしてギルダ、緑茶知らないの? もう、これだからお嬢さまはぁ〜』


 ドヤ顔のスーランから講釈を受け、初めてその文化に触れる。

 それ以来、すっかりハマってしまった。


「ほぅ」


 それで本日も、ズズズと茶をすすっては一息。

 なんだか正月のような心持ちで、のほほんと過ごしている。


 ちなみに店の表では今、スーランがシャッシャと掃き掃じをしているところだ。アルメリアの留守中、二人で店番をしているわけだが。


(本当に……)


 少し前では想像もできないほどの穏やかさに、かえって落ち着かない気持ちとなるほど。


 振り返れば、どこか懐かしい。

 ほんの数週間前のことなのに、今日までがとても長く感じられた。


 きっかけはアルメリアとの出会いだ。

 ガレイアに来たばかりの頃、オリエンテーションの場でたまたま隣の席になったのだが。


 当時のアルメリアはまだ、包帯で片腕を吊っている状態だった。


『あっ、でも大丈夫だよ。ほとんど治りかけてるから』

『そう言われましても……』


 何かとやりにくそうにしていて、チラチラと気になってしまう。


 ついでに、今に始まったことではないのだが。

 たぶんティーンレイクの家名のせいだろう。

 ギルダも周囲から敬遠され、そこそこ浮いた感じになっていた。


『アルメリアさん、そこはわたくしが代わりに』


 それで家名にさして驚いた様子も見せなかったアルメリアに声がけし、あれこれサポートしているうちに仲良くなったというわけ。


 「アルでいいよ」とも言われたけれど、相手の名前はきちんと呼びたいのがギルダの流儀。いいえと首を横振りし、丁重ていちょうに遠慮させてもらう。


 研修期間が終わるころには無事に包帯も取れて「ありがとう」「またね」と握手を交わしたのだが。


 まぁ気付けばこんなことになっている。

 八百屋を営んでいる店主と縁があって、先に知り合ったのはスーランだ。


『んと……? ティーンレイク家ってなに、父ちゃん?』


 からの。


『へぇえ、じゃあギルダのお家ってとってもお金持ちなんだ! すごい、すごい! 私、本物のお嬢様と会ったのなんて初めてだよ!』


 目を椎茸しいたけに輝かせながら。

 そんな彼女の奔放ほんぽうさ、毒気のなさをとても好ましく思う。


『なっ、気ぃ合いそうだろ?』

『えぇ、とても』


 店主のニカっと笑顔に、そう応じて。

 で、その正面にあったのがアルメリアのポーション店だった。


『あれ、ギルダもアルと友だちだったの? やったー! じゃあこれからは三人で仲良くできるね!』


 ワーイとなって。

 アルメリアの店がだんだん、一人ではさばききれないほど繁盛はんじょうするようになると。


『もう見ていられませんわ! わたくしも手伝いに行ってきます!』

『ええっ、待ってよ! だったら私も……置いてかないで〜!』


 自分に続いてワタワタと駆け出したスーランとともに、アルメリアの店を手伝うようになった。


 とまぁザックリ、そんな経緯。

 本当に忙しくて、慌ただしい日々だった。

 客足は日に日に増えるし、途中からはポーションを買い占めようとするハタ迷惑な客まで現れて。


(本当に大変でしたけれど……)


 でもなんだかんだで楽しかった。

 そんな日々をいま、湯呑み茶碗を手にまったりしながら振り返っている。


 敵軍の主力はすべて倒され、残すは散り散りになった残党の掃討のみ。

 おかげか、このところは以前ほどの慌ただしさはない。

 アルメリアも今日は午後からお休みだ。


(歓迎すべきことではあるのでしょうが……)


 どこか寂しくもある。

 そんな複雑な情感に浸っていたときだ。


「ギルダ! ギルダ、たいへんっ! 早く来て!!」


 スーランの叫び声がして、ガタンとちゃぶ台が揺れる。


「何事ですの!?」


 慌てて表に駆けつけてみれば。

 いったいどういうことなのか。


「アルが……!」

「うぅ……」


 スーランに肩を貸されたアルメリアが、とても気分悪そうにぐったりしていて。


「アルメリアさん!? どうされたんですの!?」


 これは只事ではない。

 呼びかけても反応はおぼつかず、みるみる青ざめていく。

 しかもずぶ濡れ。

 そんなアルメリアの容体から、事態の深刻さを悟る。


「マズいですね……。これはもしかすると一刻を争う状況かもしれません」

「そんな……!?」


 迷っている時間はないと、ギルダは声を張り上げた。


「とにかく、急いでギルドの療養所へ運びましょう!」

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