105.「」
なぜ一度付けたはずの首輪が、バチンと音を立てて外れたのか。
それはアルメリアにも、そしてレドックス当人にもわからないことだ。
ただ1つだけ確かなのは。
(冗談じゃねぇ、俺の体は俺だけのモンだ。なに勝手に入り込んでムリくり動かそうとしてやがる……!? 図々しいにもホドがあんだろーがよ!?)
これまでもレドックスは同様に、魔獣化してしまうグリムガルドの呪疫や銅剣シャンバラの精神支配を押しのけ、力づくでねじ伏せてきたということ。
(シャシャリ出てくんな。とっとと失せろ。俺は俺のやりてぇようにやる。誰の言いなりにもならねぇ……! 上から目線で勝手に仕切ってんじゃねぇぞおおおッ!!!)
込み上げるイラ立ち任せに。
事あるごとに介入してくるあらゆる意思や雑音の悉くをかき消し、打ち払ってきたのである。
要するに、今回起きたのもそれと同じ事象ということ。
「お手!」
「おかわり!」
「ハイタッチ!」
「ちょうだい!」
なにせ散々犬っころ扱いされたうえに、文句のひとつも言えないように黙らせられたのだ。
命令を下される度、レドックスのボルテージはブチブチと際限なくあがっていったし、その間アルメリアのひとりで楽しそうなことといったらない。
そして――。
「えらーいっ! お利口さんだね!」
その瞬間だった。
ブッチんと、レドックスの中で何かが切れたのは。
限りなく殺意にも近い感情が湧き、それとほぼ同時に――。
「……へっ?」
アルメリアの目のまえで、ガチャンと首輪が外れて落ちる。
あらゆる制限から解放され、レドックスはユラリと立ち上がって。
今しがた"もうやめる"などとアルメリアはほざいていたが。
冗談ではない。
「やめなくていいぜ。むしろこっからが本番だろーが。大体オメェ一人だけ思う存分楽しんどいて、飽きたら即終了ってのはねぇだろ。フェアじゃねぇ。だから、次は俺の番だ」
「え……っと、あれ……?」
「見せてやるよ。俺のいっちゃん得意な芸がまだ残ってるかんな」
へたり込んでアワアワいってるアルメリアにヌッと影が伸びる。
追い詰めた獲物を見下ろす野獣のように。
ギラついた視線で、レドックスはその心を叩き付けた。
「――チンチンだッ!!!」
◆
やるだけやってみる。
あまり気の進まなそうな承諾とともにアルメリアが部屋を後にしてからしばらくが経ち。
「さて、そろそろか……?」
頃合いを見て、合流に向かったのはライナルトである。
ひとまずアルメリアには独断で動いてもらい、うまくいかなければ改めて二人で説得する。
そんな段取りでいたのだが。
(うまくいってるといいんだけどな……)
そう案じていたところ、遠くからアルメリアの叫び声がした。
いったい何事かと、急ぎ駆け付けてみれば。
「これは……!」
ライナルトは目を見張る。
いったい何があったというのか。
「やだ! お願い、やめてレド! 許して! 謝る、ちゃんと謝るからぁ!」
「うるせぇ! オラとっとと四つん這いになれ! ケツしっかりあげろやぁあッ!」
レドックスとアルメリアが何かやっていた。
アルメリアの叫びがあまりに切迫していたもので、ただならぬ事態というか……一瞬本当に事件かとも思ったが。
(……なにをやってるんだ、あれは?)
部屋を覗くなり直前までの動揺がスッと引き、急に真顔に戻る。
一見して、よく分からなかったからだ。
二人が何をやっているのか。
レドックスに命令された通り、アルメリアは床で四つん這いになっている。
「いいか、一滴も溢すなよ。舌しっかり使ってゼンブ舐め取れ。隅々までちゃんとキレイにできたらシマイにしてやるよ」
「そんな……!」
涙目となっている彼女をまえに、レドックスが喝を飛ばしているが。そんな両者の間にポツリと置かれているのは。
(……皿?)
だった。
来賓用に茶菓子が入っていたやつのはずだが、どうやらそこに水が注がれている。
そしてもう一つ、特筆すべきは。
なぜかアルメリアに"例の首輪"が嵌められているということ。
(ど、どういうことだ……!?)
ライナルトにしてみれば、状況はさっぱり飲み込めないことになっているが――そう、つまりあのとき。
『――チンチンだッ!!!』
そう啖呵を切ったはいいものの、さすがに本当にやってしまうわけにはいかない。だからと言って収まりも付かず、レドックスが示した落としどころがそれだった。
『カッ、コイツはザマァねぇ! よく似合ってんじゃねぇかよ!』
仕返しにさっそくアルメリアに首輪を付けて、いろいろやらせてみる。
お座り伏せジャンプスピンゴロンお座りスピン伏せゴロンジャンプ。
かなりの運動量でバテさせたあとはチンチンもやらせた。
『もういいでしょ、レド……。お願いだから、もう許して……疲れたよ』
情けないへそ天ポーズで哀願される。
『あんだ、さっきまで元気だったクセにもうガス欠かよ? まァあんだけ腰振りゃバテんだろうな。オメェにしちゃ頑張った方か』
『もう何でもいいからぁ……!』
だいぶヘバッてるみたいだったので、次のオーダーで終わらせてやることにした。
卓上にあった皿を手に取り、そこに水を注ぐ。
つまりはエサ皿に見立てたそれをアルメリアの目前にコトリと置いて。
『――飲め。分かってんだろうが、手は使わずにな』
こういうことだった。
で、現在に至るわけだ。
アルメリアは思う。
こんなのひどい、あんまりではないかと。
とはいえ、先にやりすぎてしまったのが自分であることも否めなくて。
「ねぇ、レド」
「あ?」
「どうしてもやらなくちゃダメ……?」
祈る思いで聞いてみたが。
「ハッ、そうか。エサ皿だけじゃ足んねぇか。だったら――ケモミミ……」
「えっ?」
「リード、尻尾、肉球グローブ……」
「ちょ、ちょっと待って!」
「そもそもヘンな話だよなァ? ペットが満足に服着てるってのもよォ」
「分かった! やる、やるから……!」
わりとマジ切れしてるレドックスに否やはない。
首輪の効力にも逆らえず、やがて室内にピチャピチャと、控えめな水音が響きはじめて。
そこまでを目撃し、ようやく何が起きたかを悟るライナルトだった。
おそらくアルメリアは失敗し、いま返り討ちに――こんな罰ゲームみたいな仕打ちを受けているのだと。
(助けてやりたいが……)
いま出て行ったら、矛先がこちらに向きそうで怖い。
申し訳なさいっぱいに踏みとどまる。
一方でアルメリアは大声も禁じられているので、スクリームも繰り出せず。
(うぅ、なんで私がこんな……)
なす術なく、従うほかない。
それからもしばし、ピチャピチャピチャとヘンな時間は続いて。
「これでいい……? いいわよね……?」
やっと終わったが。
「顔が汚れてんぜ。洗えよ。クシクシな」
「それは猫のすることでしょおおおおっ!?」
結局、舐めた手の甲で顔までこするハメになるのだった。




